プライド


!ガゼルが女になってしまったとかいう頭のおかしい話です。閲覧注意!

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体つきを隠すのをやめてから、私の調子はまた上向きになってきた。最初のうちこそ胸の揺れに戸惑いもしたが、慣れれば何ということはない。そしてそれは見ている側も同じだったようで、一週間も経った頃には誰からも当然のものとして受け入れられるようになっていた。
公の練習試合はその後しばらく組まれていなかった。なので具体的な結果は出なかったが、チームの調子も良くて、どうしても少し下がってしまうノーザンインパクトの威力は精度を上げることとチームの動きでカバーできるようになっていた。あとはきついタックルにさえ遭わなければ、この体でも十分戦っていける。
もちろん、個人的な筋トレはそれまで以上にした。筋力に限界はあっても少しでも元のレベルに近付けたかった。そしてそういうトレーニングは、バーンに襲われかけてからは、ボールが必要なことはチーム練の中で、それ以外は自室でやるようにしていた。またあんな目に遭うのはごめんだった。
バーンの方はと言えば、その後そういう素振りは一切見せなかった。あの時私は逃げ出すためにあいつを吐かせまでしたのだ、何もないはずがないと思って警戒していたのに、例えば廊下ですれ違っても驚くほど無反応だった。やや拍子抜けしながらも、私はそれならそれで構わない、と思った。元々私達の関係は勢いでしかなかったのだ。これを期に性交渉などないいがみ合いに戻ってしまえればそれに越したことはなかった。

そんなある日、私はやはり廊下で、バーンに偶然出会した。警戒もだいぶ薄れた気分でそのまま通り過ぎようとした時、
「お、ガゼル」
バーンの方から思いついたように声をかけられ、私は足を止めた。
「何だい」
「明日か明後日にでも20分ハーフしねぇか」
そして提案された内容も、ごく普通の、練習試合の申し入れだった。
「構わないけど」
私が答えると、バーンは歩み寄ってきて、
「ちょっとそこで予定組もうぜ。5分で終わんだろ」
と言って私を小さい会議室、と言っても本当にテーブル一個と椅子二、三個しかない小さい部屋に、誘った。
私は逡巡した。いくら何も言ってこないからといって、こいつがあの時のことを忘れているとは思えない。今その気になられたら、腕力では敵わないだろう。
「5分ならここでいいじゃないか」
「立ち話する気かよ、ガイアの奴らに聞かれるぜ」
「……」
私が何とも言えずにいると、それまでほぼ無表情だったバーンが急に底意地の悪い笑みを浮かべた。
「何だよ、警戒してんのか?」
「…!そんなことは」
馬鹿にするようなその声に、反射的に否定したら、バーンはまた笑みをほとんど消して言った。
「ならいいだろ。とっとと済ませようぜ」
その態度があまりにも淡白だったので、私は一人で意識しているのも馬鹿馬鹿しいと思い、諦めてそれに乗った。そう、たった5分。万が一の時にはまた逃げればいいだけだ。

部屋に入り、ドアを閉める。一応鍵を閉められたりしないように私が後に入り、椅子もドア側を取る。用心していることを悟られないように、なるべく自然に。
そんな私の砕心などどこ吹く風で、バーンは私の右隣に座り、紙に書きながら話を進めていった。広さ、場所、日取り、時間帯、そういう必要な事柄を挙げては決めていく。そのキャプテンらしい様子に、私はやはり考え過ぎだったか、と思う。
「時間は朝がいい」
「俺は昼がいいなぁ…」
バーンは呟きながらペンを回していたが、じゃあいいや朝で、10時半な、と言って珍しく私の希望を通した。あとはこの時間帯に場所を予約すればこの話は終わりだ。
じゃあ予約は私が、と言って立ち上がろうとした、
ちょうどその時だった。
今までずっと無表情に近かったバーンが、急にニヤニヤして、頬杖をつきながら私を見ているのを見つけてしまった。
「な、んだ」
「学習しない奴だな」
そう言いながら奴がポケットから取り出したのは、何かのスイッチだった。何なのか分からずに見ているとバーンがそれを押す。直後、ドアから施錠の落ちるガチャンという音がする。
「……!?」
私は何が起こったのか一瞬分からなかった。
それが私を閉じ込める音だと分かるのに―――はめられたのだと分かるのに時間はかからなかった。

「やめろ…やめろバーン」
私は椅子の上で本能的に身を引きながら、そう口走っていた。電子錠、専用スイッチでしか開閉できない特別な鍵。この部屋のそれをまさかバーンが持っているなんて、やっぱり最初からこれを狙っていたというのか。バーンは、それはそれは楽しそうにその施錠スイッチをポケットにしまい、そのままその手を私の右足の膝に乗せてくる。触れられた瞬間どうしようもない恐怖と嫌悪に襲われて、私は立ち上がった。そのまま椅子の向こう側に逃げようとする。けれど最初ドア側に座っていたのを変に逃げようとしたのが災いして、私は部屋の奥へ自ら入り込んでしまう形となった。バーンはすぐに追いついてきて、私を捕らえる。
「やだっ、離せ!離して」
私は混乱して暴れようとしたが、結果的に彼を助けることにしかならなかった。脇腹に衝撃が走った、と思ったらバーンの膝が食い込んでいた。痛みと衝撃に息が止まる、その隙に体を壁に押しつけられる。
「楽しもうぜ?せっかくなんだからよ」
「やだ…やめろ、やめろバーン嫌だ、」
「男だった時よりラクだぜ、多分」
私は嫌だと繰り返しながら必死にその肩を押し返そうとしたのに、バーンはびくともしなかった。ガイア戦の時と違って息ができているのに、こんなに腕力差があるのかと愕然とする。元々は同じくらい、いや私の方があったくらいなのに。女になってからだって鍛えてきたつもりで、最初よりかなりマシになったと思ったのに。
「嫌なんだ、頼むから、やめてくれ」
私は自分でも知らずに哀願するような声を出していた。バーンが私の目を見る。私は必死にそれを見上げた。
「…なんで?怖いから?」
バーンが聞いてくるのに、私は躊躇いながらも頷いた。怖くないわけがない、いきなり女になった体を暴かれるなんてそんな。情けない奴と思われても何でも良かった、ただやる気をなくして欲しかった。
バーンはしばらく黙っていたが、不意にそんな私の唇にそっと吸い付いてきた。ひどく優しいその動きの真意を図りかねていたら、また随分優しい動きでするりと舌が入り込んでくる。噛みついてやることもできず、私は他にどうしていいか分からなくて流されるようにそれに応えてしまう。しばらく甘やかな交わりは続き、不意に唇が離れた時もまるで壊れ物を扱うかのようだった。
「なぁガゼル」
バーンは唇をまだほとんど触れ合わせた状態のまま言った。私は固唾を飲んで次の言葉を待った。どういうつもりなんだ、この男は?
「勘違いすんなよ」
バーンの声色は優しかった。なので一瞬何を聞いたのかよく分からない。
「…は、何が…」
「女になったからって、俺がお前相手に甘いマネするわけねぇだろ」
そう、言うが早いが、バーンは私の唇に再び噛みついた。今度は言葉通り荒々しく蹂躙するように、そして、手が、その手が私を探り始め、ユニホームの裾から侵入して私の肌を、
「んぅう…!」
慌てて身を捩るがもう遅かった。バーンの手は乱暴にブラジャーを押し上げて前振りもなく乳房を掴む。唇が離れると、これもまた性急に胸へ潜り込み、揉んでいる方とは逆側の胸の乳首に食らいつくように舌を絡め、吸い始める。
「この…ッ…下衆め!」
私はバーンの頭や手を引き剥がそうと、引っ張ったり殴ったり引っ掻いたりしたが、相変わらず全く動じない、蚊ほども堪えた様子がない。そうしているうちに、物理的刺激に体が勝手に反応して、胸の芯が尖ってきてしまう。
「感じてんじゃん」
「クソが…!」
私はもう一度力の限りバーンの髪を掴んで引っ張ったが、やはりびくともしない。どころか、それでイラついたらしいバーンに頭の横を殴られた。こめかみに拳が当たって強い衝撃が私の視界をぐらつかせる。生じた大きな隙に今度は体ごと引きずり倒されて、私は完全に床に組み敷かれた。ただでさえ腕力が違うのに上に馬乗りになられたら、もう逃げ出しようがない。ああ、私はここでバーンに犯されるのだ、いくら抗ってもきっと。
バーンの手が膝の外側を撫で、裏に入り込んで、私の脚を曲げながら割り開く。私は抵抗しようとしたけど、足は空を切るだけで男の侵入を許してしまう。手は這い上がって、布の上から秘所を探り出す。
「…!」
胸を弄られていた時とは比べ物にならない直接的な快感に、私は目を見開いた。
「ぁ…嫌、だ!」
その快感が、男だった時とは明らかに違うもので、私は再び恐ろしくなった。バーンはそんな私の反応にかえって気をよくしたらしく、指の動きが速くなる。
「や、め…!」
私はもがいたが、バーンは嘲笑うようにもう片方の手でそれを全部払いのけ、私を刺激し続けた。何しろさっき殴られた頭がまだ痛む、ろくな抵抗にならない。
手は不意にするりと這い上がって、ハーフパンツのゴムにかかった。
「!」
そして布の中へ、まさぐりながら下りてくる。
「ぅう…」
私は絶望して呻いた。もうだめだ、どうしようもない。
いよいよバーンの手が肌着の中へ入ってこようかという、ちょうどその時だった。

ドアのノックが響いたのだ。

「あの、ここ今から予約なんですがお使いですか?」

ドアの外から大人の声がする。

私はバーンを見上げた。バーンも私を見下ろす。互いに表情が飛んでいた。


幸いまだ大した着衣の乱れはなかったので、特に不審に思われる間もなく、私達はその部屋を大人達に明け渡した。そうして私は辛うじてバーンの手を逃れるに至ったのだ。
「試合の場所の予約とってくる」
と急いで言って、逃げるようにバーンから離れた私を、彼が追ってくることはなかった。

けれど、これで明らかになった。
バーンは、ずっと私を狙っている。
私が思っているよりずっと鋭く、ずっと狡猾に、狙っているのだ。

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