プライド


!ガゼルが女になってしまったとかいう頭のおかしい話です。閲覧注意!

-5-

夜になった。
私はいつものように夕飯を済ませ、個人練をこなして、部屋付きのシャワーに入った。
洗う時自分の体を見れば、否が応でも夕方の出来事を思い出す。数時間経った今も、吸われた方の胸の乳首が、少し色が濃いような気がする。気のせいなのは分かっているけれど。
バーンは、余計な場所への愛撫など一切なく、この胸にむしゃぶりついた。本人に直接聞いたことがあるわけではないけれど、元々奴は女の体が好きなのだ。あんな手段を選ばず、騙し討ちのような真似までして迫ってきたことが、男だった時にはあっただろうか。
「……」
そう考えたら、あいつはよく男だった時の私を抱いたものだ。弄られた胸の辺りが少し居心地が悪いようなむず痒いような中で、頭のどこかが妙に冷静というか感心したような気分になった。その冷めた勢いで夕方の真新しい記憶を頭の隅に押し返し、私は下半身を洗う。足先から体幹に向かってスポンジを走らせる、けれどその過程で通る足のつけ根の、奥にはさっきバーンに荒らされかけた入口が、ある。
「……」
少し頭が冷めたくらいではその時の感触を思い出さないことなど不可能で、私は生理的に顔に血が集まるのを感じた。布の上からだったのに、くちゅくちゅと湿った音が聞こえてきそうだったあの感覚。
「…!」
私は首を右に思い切り振って、その記憶から逃げ出そうとした。鏡を見たら顔は赤くなってはいなかったけど、耳の辺りまで熱くなっているのを感じる。なるべく、なるべく意識しないように、近くにも触れないように、私は慎重に体を流し、急いでシャワーから上がり服を身につけた。


(…なん、だ、これは…)
けれど、そんな私の努力を嘲笑うように、シャワーから上がってからもずっと、得体の知れない疼きが脈と同じ間隔で脚の間から這い上がってきた。
「…ぅ…」
入口が、疼く。その奥の内皮が収斂して、まるで擦り上げられることを渇望しているようだ。
(バカ、な)
私は自分の体を抱きしめるようにしてベッドの上にうずくまり、波が去るのを待ったが、一向に良くなる気配がなかった。これが女の性欲だと言うなら、私はそれを随分軽んじていたことになる。男の方が欲望は強いと信じていたのに、まさか、こんなに、メチャクチャにサレタクナルナンテ、
「……」
きっと今の私は、今度こそ、顔に朱が差しているに違いない。あぁでもどうしたらいいのだろう。やり過ごせないなら解放してやればいいのか、でもその方法が分からない。まさかこんなことを、元は異性だった他の女子に聞くわけにもいかないし。今思えば、男だった時は自慰さえ楽だったのだ、と思う。
「……」
このまま、ずっと耐えていれば何か勝算があるのだろうか?分からない。ないかもしれない。ならできることはするべきなのか。
私は浮かされたような頭で、うずくまった姿勢のまま、恐る恐る胸に自分の手を這わせた。Tシャツの裾から滑り込ませた手のひらで、夜なのでブラジャーを着けていない膨らみを直に包みこんで、そっと動かす。手に柔らかい弾力が返ってきて、男だった時の記憶が動揺するのに、体の方は女として反応して、両方の快感を脳髄に返してくるのだった。
「…ぁ…っ…」
吐息が信じられないような艶っぽい声を孕む。それを聞いて恥じる心より、逆に快楽を求める心が加速してしまう。私は気付いたらシーツに額を擦り付けながら、夢中で自分の胸をまさぐり、揉んでいた。
「ぁ…は…ッ、はァッ…」
自分の声とは思えないくらい高い声が、漏れる間隔が短くなり、浅ましく腰が跳ねて体が揺れる。だって、あぁ、気持ちいい。胸でこんなに感じられるなんて。
けれど――男の体と違って、昂れば昂るほど、体内を熱が渦巻き止めようがなくなるものだということを、私は知らなかった。解放がない。知っていればこんなことはしなかったのに、でもどうやったら知れたというのか。
(…あつ、い…)
そもそも、ここまで来てしまった後に色々言ってもどうしようがあるだろう?そしてこれからこれをどうしたらいいのだろう?さすがに下肢に手を伸ばすのは怖い。しかも解決しないかもしれないのは同じ。
「……」
私は奥歯を噛んで熱い息を隙間から漏らした。あぁだめだ、もっと欲しい。もっと強いのがいい、乱暴なくらいでいい。そうだそれこそ――、

――ちょうどその名前を思い浮かべるかどうかの狭間に、

無機質な音が私の耳に飛び込んできた。

コンコン。
ドアを叩く音。

私はベッドの上からドアへ振り向いた。
「…誰だ」
声を震わせないよう気をつけながら、でも扉の向こうに確実に届くよう張り上げる。
答えはない。
代わりにもう一度ノックの音がした。

コンコン。

もう確認の必要はなかった。
名乗らないのは一人しかいない。


***********

「バーンだな」
ドアの向こうから、今度はさっきより近くからガゼルの声がした。へぇ、もうバレたか。ダイヤモンドダストの女子の声でも録音してくりゃ良かったかな。
「何の用だ」
黙ったままでいたら、ガゼルの声が続いた。俺はどう出るか迷ってたんだけど、それを聞いたら思わず笑いの息が漏れる。
「くっだらねぇこと聞くんじゃねぇよ…他に何があるってんだ」
「……」
答えたら、逆にガゼルの答えがなくなった。俺はその勢いで続ける。
「なぁ、無駄にもったいぶんのやめとけって。男の時にはあんなに好きだったじゃねぇか」
「……」
「俺だって暴力使わなくて済むんならそっちの方がいいし」
「……」
ガゼルは全然答えない。ドア越しだからどんな顔してるのかとかは見えないけど、何か一言くらい言い返してくるかと思ったんだけどな。
まぁいいや、それなら好きにしゃべらしてもらうか、そう思って俺は次の声をかけた。
「他にアテあるわけでもねぇんだろ」

そう言った時、絶対なかなか開かないと思ってたドアが、急に開いた。

俺は逆に驚いて、中から戸を引くガゼルを凝視した。
「そうだな、他にアテはないね」
やっぱりグラマーな体つきで、多分それは今ブラ着けないで直にTシャツなんか着てるから余計強調されてるんだろうとは思うけど、
「入りなよ」
そう言って笑うガゼルは、目の際から唇から、首筋、鎖骨、腰周り、それからその声。もうとにかく全部が、異常に色っぽかった。
襲いに来たはずの俺が、思わず怯むほど。
「……」
何故だろう、それは間違いなく、迸るほど、女の色気だったのに、
「欲しいんだろう、わたしが」
そう言う挑発的な顔は、男だった時にやっと戻ったような、そんな錯覚があったのだ。


「ずいぶんな心変わりだなぁ…?昼まであんなに逃げて回ってたってのに」
俺が、まだちょっと意外な展開に困惑したままドアの隙間から体を滑り込ませれば、ガゼルは俺をあっさり部屋に入れた。自分の、部屋に。完璧にプライベートな密室、さっきみたいな邪魔も絶対に入らない空間に。
「何、そんなこと言って…いらないなら出ていけば」
そう言う言葉とは裏腹に、ガゼルは自分の手で部屋の鍵まで閉めた。しかもそのまま、するりと自分の体を俺に密着させてくる。服越しに、生の胸が俺の胸に、女の下半身が俺のモノに、当たる感触が、ある。
「……いらないわけがないね?昼あんなに迫ってきたくせに」
「…泣いても知らねぇぞ」
高まる期待にゾクゾクしながらそう言ってその腰に手を当て、Tシャツの中に潜り込ませる。ガゼルは一瞬身じろぎしたけど、
「それはそれは…是非泣かせてみせてくれよ」
そのすぐ後、うっとりしたような顔をして、俺の顎に手を沿わせた。
そのまま俺の手はガゼルの素肌を這い上がり、ガゼルの手は俺の顔を引き寄せる。
そして唇同士が触れ合う寸前、
「逆にもし私を満足させられなかったら…ただじゃおかないから」
ガゼルはそう言って、不穏そのもののような笑みで目を細めた。


俺はゾクッとして笑いながら唾を飲んだ。
あぁやっぱ、こうじゃなきゃ面白くない。
嫌がるコイツを無理やり犯すのもいいかもしんないとさっきまでは思ってたけど、それなら別にわざわざコイツである必要はない。強姦モノのAVでも探してくれば?って感じだ。

コイツはやっぱり、その辺の女みたいなつまんねぇ奴に成り下がってはなかった。
壊しても壊れない頑丈さ、気ぃ抜いたらこっちがやられそうなスリルはそのまま、体だけが超俺好みな女になってくれるとか。

最高も、いいとこだぜ。

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