プライド
!ガゼルが女になってしまったとかいう頭のおかしい話です。閲覧注意!
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その試合、上から見てた俺は何か妙だと思った。今朝ダイヤモンドダストが緊急会議してたのも、今日のガゼルは体調が悪いってのも聞いてた。けどちょっと体調悪いだけであんなヘロヘロになるもんか?チャージに全くと言っていいほど踏み留まれてない。
ずっと見てるうちに、実は風邪で熱とかがあるんじゃないかと思ってきた。ダイヤモンドダストの奴らが事あるごとにガゼルを気にしてるし、最後のノーザンなんて普段の半分くらいしか威力がなかった。あんなのネロじゃなくてグレント、いや俺でも止められるだろう。
ガゼルがあんなんにしちゃダイヤモンドダストはよく頑張った方だろう、試合は2−0でガイアが勝った。明日は俺らとガイアの試合があって、そんでその次明後日に、俺らとダイヤモンドダストの試合が組まれてる。ガイアと俺らからしたら連戦だけど、ダイヤモンドダストからしたら中一日空く日程だ。たとえ今日マジで熱があるんだとしても明後日には下がるだろうし、今日ほど情けない試合にはならないだろう。はっきり言って全然心配じゃなかった。どっちかって言うとだせぇなと思ってた。風邪なら風邪ってこと自体、体調管理がなってないし、それでも出てくるってんなら無様な真似すんなっつの。俺は一応、ガゼルの力とか人としてのスペックは買ってる――そうじゃなきゃ、たとえ勢いでだって誰が男なんか抱くか――んだから、下らないことで失望させないでほしいと思う。
それにしてもガイアの壁は高い。ダイヤモンドダストとかガゼルのことなんかより、先に明日のガイア戦だ。今日のチーム練でも気合い入れ直さねぇとな。
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ちょっと長めにチーム練やったらすぐ夕飯で、そのあと明日の試合のミーティングやってからチームは解散した。寝るにはまだ早いんで、明日の前にシュート練でもしとくかな、と思って空いてる場所を探す。
修練場に入ろうとしたら、中の照明が一ヶ所だけついてるのを見つけた。ん、と思ってフィールドの中を覗いたら、そのついてる照明の真下に案の定先客がいた。誰かってのも半分くらい予想通りだった。ガゼルだ。
(…あいつ調子悪いんじゃないのかよ?何やってんだ?)
俺は遠目にそれを見ながら不審に思った。あいつはまぁ元々ストイックな質ではあると思う。けどダウンしてる時に無茶な蹴り込みするほど頭悪くもないと思ってたんだけど?
しばらく見てたら、ガゼルは狂ったようにノーザンインパクトを打ちまくってた。けどどれもいつもに比べたら大して威力がない、なのにめちゃくちゃ息が荒い。やっぱ調子悪いんじゃないか、バッカじゃねぇの。
「……そこにいるのは、分かっているんだ。出てきたらどうなんだ」
そう思ってたら、ガゼルが荒い息のまま声を張った。バレるにしたってこんなすぐとは思ってなくて、さすがに心の準備ができてない俺は思わずギクッとする。マジかよ、あいつ赤外線センサーでもついてんのか?だいたいこんな遠いのに。
けど実際は、俺が生唾飲み込んでモタモタしてる間に、
全く別のところから予想もしない奴が出てきたのだった。
「…君だったのか」
予想と違ったのはガゼルも同じだったようで、そいつを見て呟く声は呆然としていた。
「そんなことになっているのに何をしているのかと思えば」
答える声の主――ガイアの10番・ウルビダは、呆れたような口調だった。
ガゼルはしばらく驚きが去らない様子で目を丸くしてたけど、不意に笑みを浮かべ、
「こんなだからさ。元に戻るかどうかも分からないんだ、体力だけでも元のレベルまで引き上げなければ」
ご丁寧にもそう答えてた。
俺には話がよく見えなかった。こんなことになったって?何の話だ、やっぱ風邪とかなのか?でもそれならガゼルの返事の意味が分からない。大体、こいつらってこんな心配とかし合うような仲だったっけ。
「そうだ…君には感謝しているよ」
「はぁ?」
「君というかキーブとクィールもだけどな…ガイアの他の奴に言わないでいてくれただろう」
「あぁ…」
ウルビダは溜め息をついた。
「非常事態だから仕方ない。まぁその結果がハウザーのあのタックルだけどな」
「はは…あれは効いたな、正直」
「死んだな、と思ったな。怪我はなかったのか」
「確かに死ぬかと思いはしたが怪我はない」
相変わらず何の話なのかさっぱり分からなかった。何、ガイアの女だけ知ってる何かがあんの?話繋ぎ合わせればそういうことになる。
「…こんな普通じゃないことが起こっているんだ、公表したらどうだ。お父様だってはからって下さるだろう」
しばらく黙ってたウルビダが、腕を組んだまま言った。
「……」
ガゼルは無言だった。ウルビダは続ける。
「そのノーザンだって…男だった時のレベルに戻そうなんて無茶に過ぎるんじゃないか。どうして女になったのかも分かってないのに」
――は?
何て言った、今。
「……そうかもしれない。けどやっぱり公表はできない」
ガゼルは冷静な声だった。
「ノーザンも同じ…黙って元に戻すだけだ」
「…自分がどれだけ無茶なことを言ってるのか分かってるのか」
「分かってる」
ガゼルは足元のボールをゴールに蹴り込んだ。普段の半分もない勢いでボールがネットを揺らす。
「それでもやるしか道はない」
「どうして」
分かってると言いながら無茶なことを言い続けるガゼルにウルビダが食らいつく。ガゼルはしばらく黙り、数歩歩いてゴールネットからこぼれ出たボールを拾い上げた。
それからウルビダの方を向いて、
「ノーザンインパクトは私の必殺技じゃない。…ダイヤモンドダストの必殺技だ」
と言った。
ウルビダは黙り込んだ。それは俺も同じだった。
ガゼルの口調はどっちかっていうと静かで、穏やかでさえあったのに、
「私が女になったからとか…そんな理由で弱いままなんて許されない」
その声には妙な迫力があったのだ。
ウルビダがどうかはともかく、俺はかなり混乱も激しかった。というか驚きが強すぎる。何、マジで?ガゼルが女になったって?
けどそんな俺でさえ、ガゼルのその声には息を呑んだ。
こいつは、ダイヤモンドダストのためだったら死ぬのさえ平気で飛び込んでくに違いない。そう思わせるような何かがある声だった。
普段のすました様子からじゃよく分かんないけど、ガゼルはそんなにまで自分のチームを背負う、引っ張るっていう覚悟が固いんだ。どんな非常事態でもそれを誰かに押しつけたりする気も、言い換えたら譲る気も、まるでない。その分だけ、チームにも自分にも自信を持ってるってことなんだ。まぁ俺だって似たような覚悟とか自信とか持ってるつもりではある。けど、こうやって不意に見せられるとギョッとするくらい、強い意志なのか。
ウルビダも多分同じように気圧されてて、それっきり双方黙ってる時間がしばらく続いた。
沈黙を破ったのは、観念したように溜め息をついたウルビダの方だった。
「…では一つだけ教えてやろう」
ガゼルが目を上げてウルビダを見る。
「女の体にはそれなりの使い方というものがある。男だった時と同じように力任せにやっていても、うまくはいかないぞ」
そう言うと、ウルビダはあとは自分で考えろとでも言いたげな強気な笑みを浮かべた。ガゼルはほとんど無表情のままそれを見ていたが、笑うような息を漏らしたかと思ったら少し肩を竦めた。
「口止めの件といい下着の件といい…どうやら君には世話になりっ放しのようだ」
俺は何か飲んでもないのに噴き出しそうになった。下着って。
「あぁ、私のサイズだったのか…どうせ新品だ、やるよ」
ウルビダの方に動揺はない。いやむしろ動揺しろよ。今は女の体でもそいつは男だぞ。
「新品じゃなかったら私だって困る」
ガゼルは可笑しそうにクックッと笑って言った。
「事故だけどサイズ分かってしまったよ。悪いな」
「別に…こんなユニフォームで今更恥もくそもない」
ウルビダは到底女とは思えない逞しい物言いだった。いや体は間違いなく、超絶に女なんだけど。流石はグランを蹴落とそうと狙ってるガイアの10番、伊達じゃないってとこか。
「かっこいいな」
「死ね」
ガゼルの短い賛辞にウルビダはやっぱり短く切り捨てると、そのまま踵を返して歩き出した。
「これ以上は知らないからな。せいぜい頑張れ、ダイヤモンドダスト」
そしてガゼルの方を振り向かないまま、歩きながらそう言った。
ガゼルは答えずに、その背中を見送りながらうっすらと笑っていた。
「……」
俺は、それを見て急に、何か不穏なもの自分の中でざわめき出したのを感じた。
あの顔。
ガゼルのあんな柔らかい表情なんか見たことない。あれは、女の顔だ。
前にも似たような顔してたことはあるのかもしれないけど、男の時とは決定的に何かが違う。
そりゃさっきまでのやり取り聞いてりゃ、あいつの中身は何も変わってない。相変わらず憎たらしいほど男で、女らしい可愛さなんか欠片もない奴だ。
なのに、端々に見える『女』。そのアンバランスさが。
「……」
ひどく壊してやりたくなってくる。
俺は、知らず知らず笑って、舌舐めずりしてた。
(…ウルビダと同サイズだって?)
そのまま、俺もその場をあとにする。
(ヤリがいがありそうな体してんじゃねぇか)
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