プライド


!ガゼルが女になってしまったとかいう頭のおかしい話です。閲覧注意!

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目が覚めた時、何か妙だと思った。そしてそれが何故なのかは上半身を起こした時に分かった。私は男だ。そこそこに女顔かもしれないがそれは年齢のなせる業であって、骨格自体はバーンより男顔だ。なのに今私の胸には、プロミネンスのボニトナまではいかないにしてもガイアのキーブやウルビダくらいはありそうな膨らみがあったのだった。
下半身は――少し動けばそれも分かった。男ならあるはずのものがない。
どうやら、私の体は女の体になってしまったようだ。
「………」
私はしばらく思考停止状態に陥った。だが頭のどこかが冷静でもあった。とりあえず、現状を把握するところから始めなければならない。私は女になった。何故だろう?昨日おととい辺りのことを思い返してみるが、特に変な物も食べていなければ、体にこんな変化をもたらすようなことは何もしていない。いや、こんなこと起こそうと思っても起こるものではない。たとえ女の体になりたくて女性ホルモンを打ったって、ここまでの体にするためにはかなりの期間と投与量が必要だし、それにしたって男性器が丸ごと消えるなんてあり得ない。
「私はファンタジーは嫌いだぞ…」
独り言を呟いて、呟いてから声は大して変わっていないことを発見し、安堵する。顔はともかく声に関してはマスターランクキャプテンの中で一人だけ抜きん出て女声な自覚はある。それが、良くも悪くも今回に関しては大きな変化をもたらさなかったようだ。
とにかく、なってしまったものは仕方がない。だがこのままでは外に出ることもできやしない。仕方なく、私はクララの携帯電話――に準ずる通信機に発信した。
「もしもし?あぁ私だ…ちょっとそのまま私の部屋まで来てくれないか」

「どうしてそんなに冷静なんですかガゼル様…」
現状を見たクララは呆れたようにそう呟いたが、そう言う彼女だって冷静そのもので、あとから来たアイシーやリオーネの方がよほど動揺していた。クララはそんな二人をたしなめつつ、
「サイズは…私達のじゃ小さすぎますね…何か理不尽だわ」
私の胸を見てそう呟くと、実にてきぱきと他のマスターランク女子に連絡した。そして10分後には、着替え――主に下着類――を調達してきた。
「F…はないかな…E…とすると…」
手に一杯の下着と私の体を交互に睨みながら、三人は真剣に選別していた。当の本人である私が蚊帳の外だ。まぁそれも仕方がない、そこに参戦することは流石に気が引ける。
「多分ウルビダのサイズがちょうどいいと思います」
そう言ってクララが手渡してきたのは、実物など見たこともなかったブラジャーとショーツだった。男の体だった時はそれだけでもある種の高揚感を覚えたはずなのだが、今は何とも思わない。複雑な気分でそれを受け取った。
「面倒をかける、すまないな…どうしてこうなったのか私にも皆目わからなくてね。普段偉そうにしているくせにこういう時自分では何もできないものだな」
情けない気分でそう呟いたら、クララはおろか最初は慌てふためいていたアイシーとリオーネさえ、強気な笑顔を返してきた。
「こういう時にも頼って頂けないんじゃ私達のいる意味がありません」
「男でも女でも私達のキャプテンはガゼル様だもの」
「偉そうにしていてくれるくらいがちょうどいいわ」
彼女達の語調の確かさは、彼女達が私に寄せる信頼が欠片も揺らいでいないことを示していた。こういう逆境には男より女の方が強いというのは本当だったのかもしれない。事によったら、他ならぬ私のこの動揺の無さも、女の安定性なのだろうか。


その後、男子も集めて、私の部屋でダイヤモンドダストの緊急会議をした。やはり男子の方が動揺は大きく、女子、主にクララに情けない、と窘められていた。が、普通ならこれくらい動じるのが当たり前で、私達が落ち着きすぎなのかもしれなかった。
だとしたら、他のチームの男子にはできるだけ隠しておいた方がいいのだろうか、とも思う。ダイヤモンドダスト男子はチームメイトだから動揺だけで済むけれど、プロミネンスやガイアにとっては、動揺が過ぎたら弱みとして目をつけられてしまうだろう。私の、こんな降って沸いたような話のために、ただでさえ苦しいダイヤモンドダストの立場を余計に軽んじられるのは嫌だった。
私は自分の体を見た。元々は男だっただけあって、筋肉がそこまで著しく落ちたということはなく、体型さえ隠せれば一目で女と分かるほどでもないように思えた。勿論昨日までよりはやや華奢なのかもしれないが、その変化に気付くには私の体の隅々まで覚えている必要があるだろう。そんな無駄なことに記憶力を費やすバカな変態がマスターランクの中にいるとは思えない。
「…サラシとか、そういうものはあるか」
私が言ったのに、チームが全員こっちを見たのが分かった。


***********

潰した胸が苦しい。想像以上の息苦しさだった。だがこれ以上緩くしては意味がない。必死で息の仕方を覚えるしかない。
こんなことをして隠しても、他チームも女子にはバレているのだから意味がないかもしれない。一応彼女達は他言しないと約束してはくれたけれど、疑っているわけではなく何の弾みで口に出るかは分からないものだからだ。
その日はダイヤモンドダストとガイアの練習試合が組まれていた。
「ガゼル、朝体調悪かったみたいだけど大丈夫?」
グランが白々しい心配の言葉を並べてきた。私は唾でも吐いてやりたくなった。こいつが本当はそんな心配欠片もしていないのは分かっている。
「お気遣いありがとう」
けれど結局、私も慇懃で返した。それを聞いてグランは何を考えているのか分からない笑顔を浮かべた。つくづく不気味な奴だと思う。
その斜め後ろにいたウルビダが、それより少し本当の心配が混ざった視線を投げてきていたのが分かった。その温度差で、ガイアの女子が約束を守り、グランを始めとする男子にはこのことを話さずにいてくれていたのだと分かって、安心と感謝の念が広がる。私はウルビダの方を見て薄く微笑んだ。そうしたら、さっきまでの心配そうな眼差しが嘘のようなしかめっ面になったあと、これ見よがしに顔を背けられた。照れの表現にしては棘があり過ぎると思うが、それが彼女なのである。
試合が始まった。ガイアのボールからのスタートだった。それを奪いに行こうとした時、普段の半分くらいのスピードしか出ないことに絶句した。そしてそれだけじゃない、スタミナが。少し走り回っただけなのに、喉がひりついて息が上がり、脚に重い疲れが蓄積していく。ハーフの45分間さえ、とてももちそうにないほど。
「ガゼル様…!」
バレンとフロストが走ってくる。
「前線のボール支配は自分達にお任せ下さい。ガゼル様は最後の決定打を」
「……」
「今までと同じ運動量なんて無茶です。お願いします」
「……分かった」
私はそう漏らすのが精一杯だった。息が荒い。気分は情けなさ一色だった。
そうして前線を二人に任せると、それを狙い済ましたようにグランが突っ込んできて、最後のボールが繋がることはほとんどなかった。グランはそういう弱味を見逃さず、しかも遠慮なく潰してくる奴だ。それはグランだけじゃなくてバーンでも同じだっただろうけれど。
バーン――その名を思い出して、ただでさえ晴れない気分がまた塞いだ。成り行きで肉体関係まで持つようになったプロミネンスのキャプテン。もし彼がまたその気にでもなったらどうするんだろう、この体の変化をどうしたら隠し通せるだろう?

前半を折り返して、私達は1−0で負けていた。けれどそれは、何とかディフェンスで凌いで1点で済んでいただけで、実際には得点差以上に圧されていた。この調子で後半に入ったら、試合が終わる頃には無残な点差になっていることだろう。私がボールの中心から外れたことで、予想以上の苦戦を強いられているのだ。
「…フロスト、バレン。後半は元に戻すぞ」
「えっ」
「これ以上我慢の展開を続けるわけにはいかない。後半は攻撃を重くする。そのためには私が必要だろう」
「……です、が…」
「私の体力なら心配するな。抜くところは抜く」
そう言いながら、私自身どこか無茶なのではないかと思ってはいた。中心にいたら抜くといってもなかなかできない。前半の最初の状態から考えて、このポジションに耐えられるような体ではないのではないかという不安はあった。
だがそれでもやるしかない。ダイヤモンドダストのキャプテンは私なのだ。

後半が始まった。元のポジションに戻った私にボールが渡る。それを見たグランが楽しそうに笑っていた。来るだろうというのは分かった。当たられたら吹き飛ばされるしか未来はない、何とかかわすしかない。
自分の体が動くスピードは前より落ちたが、動体視力は衰えているわけじゃない。グランの動きは以前と全く同じように見極めることができた。私はグランが全速力に乗った瞬間、真後ろのドロルにボールを戻す。そのまま左からグランを通り過ぎ、ドロルからリオーネを経由して回ってきたボールを受けて前線へ上がる。チラと振り返るとグランは悔しげに歪んだ笑みを浮かべていた。私よりわずかに優れた個人技を持つグラン、だからこそ、私はこんなことになる前からどう抜くべきかは何度もシミュレーションしているのだ。
だがジェネシスに最も近いと言われているガイアは、グランだけが優れているわけではない。DF陣を突破しようとした私の前に、ゾーハンが立ちはだかる。左右にはフロストとバレンが、少し後ろにはブロウが上がってきている。どうかわすか迷っている時、
「―――」
左方向から予想もしない衝撃を受けて、私は呼吸が止まった。
「がは…ッ」
ハウザーだった。不覚にも、その接近を予測できず、左半身に手加減なしのタックルを食らい、骨が軋むような痛みが走る。無様に転がってボールを奪われる、でもその情けなさに勝つほどの激痛だ。女の体はこんなに防御力が低いのか?それとも不意打ち過ぎてガードを一切取れなかったからだろうか。
「ガゼル様!!」
悲鳴のようなリオーネの声が聞こえて、何とか体を起こす。このフィールドには他に6人も女子がいて同じ土俵で戦っているのだ。男としてこの場に立っているはずの私だけが甘えるなど許されない。あぁでもそれにしても痛い。
「ガゼル様…!」
「心配するな、行け!」
私は痛む体を引きずるように走り出した。その頃には、ボールはガイアの2点目のゴールを割っていた。

点を入れられたのでダイヤモンドダストからのキックオフだ。
息を荒げてボールの前に立つ私に、グランがニヤニヤ笑いかけてくる。あぁうるさい、うるさい。何とかしてこの男を黙らせてやりたい、イライラした感情が足元から沸き上がってくる。
キックオフの寸前、隣のフロストに肩を掴まれる。
「ガゼル様、やはり今度は我々に」
「…フロスト…」
「お体が痛むのにボールキープは無理です。最前線をお願いいたします」
「………」
確かにチャージにも踏み止まれないこんな体で場を支配するのは無理だ。私は知らず舌打ちして、それに黙って頷いた。最後までボールを繋いだ時、ネロの守るゴールを破ることができるのは私だけだろう。それなら最低、その時には使い物になるよう温存しなければならない。
(くそっ…)
こんなに苦しい試合で自分の体を思うように使えないとは。だんだん情けなさが純正の悔しさに変わってくる。
徐々に残り時間が少なくなっていく。ガイアの面々のスタミナは凄い、それでもほとんどプレーが揺るがない。だがそれはこちらも同じで、私を除く10人はこの苦しい展開続きの試合で実に辛抱強く戦っていた。そして残り時間の少なさから一瞬綻んだガイアのDFの、ほんのボール一つか二つ分の隙間を縫って、ついに最前線までボールが通ったのだ。
「ガゼル様!」
「!」
バレンからボールが渡る。私とゴールの間にはキーブとネロしかいない、この距離なら十分。
「ノーザン…」
ここまで繋いでくることができた唯一のチャンス。何としても。
「インパクト!!」
利き足の左に、全力を込めて打った。
ところが。
「プロキオンネット!」
「!」
時空の壁でもない、一つ下の威力の技に阻まれて、私のシュートはネロの手に収まってしまった。
「あれ?ノーザンインパクトってこんな弱い技でしたっけね」
(くっ…!)
嫌味と純粋な好奇心とが半々のようなネロの言葉に、私は悔しさに奥歯を噛み締めていた。
これもか。これも、女の体のせいなのか。こんな、一番大事なところにまで。
こんなことがいつまでも続くようでは困る。困るんだ。




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