fire blizzard
-8-
練習再開。
私はまた適当な場所にボールを置こうとして、何となく後ろを振り返った。
「…バーン」
「あ?」
「センターラインからやりたい」
そう思ったことに根拠はなかったが、少しゴールから距離を置いてみたくなった。
「…別にいいけど?」
バーンも、少し不思議そうな顔はしたものの、特に反対はしなかった。
「GO!」
いつも通りのバーンの合図に合わせて、前へボールを蹴り出す。
トン、という音が聞こえた。
(…?)
何故こんなにはっきり聞こえる?
前を見る。バーンが走り出している。ゴールが遠い。
サアッ、と風がすり抜けた。
「…!」
同じだ。
『ネオ・ジェネシス計画をここに発動する!』
あの時の、どこまでも行けそうな感覚。
『受けてみろ!』
『おぉ、来な!』
最大のライバルと隣り合えるあの幸せな感覚と。
(…そうか)
少しゴールから離れて気付いた。
今まで失敗ばかりしていたのは、技の完成を焦って前のめりになっていたから。
成功を望むあまり、一番大切なことを忘れていたんだ。
「バーン!」
パス出しと同時に声を出す。
(気付け、君も!)
一番大切なこと、それは。
急に呼ばれたから何かと思った。
けどパスを足で受けたら、何か分かったような気がした。
(何か…さっきまでと違ぇぞ!)
ガゼルがすぐ追い付いてきた。隣に来てる。わざわざ見なくても、足音が、息が、風を切る音が聞こえるから、温度が伝わってくるから、分かる。
(……そっか)
連携技作ろうって言ったはいいけど、さっきまでは互いに相手を気にしすぎて、タイミングばっか合わせようとしてたんだ。
俺らはずっと独りと独りで、それでもチームを引っ張ってけるくらいに力も個性もつけてきたけど。
『…ふっ』
『…あはっ』
『あっはははは!!』
今は、二人。
1+1じゃなくて、2。
必要なのは、そんな空気の読み合いみてーなことじゃない。
二人の呼吸をもっと感じること。
『このユニホームを着れば、気持ちは一つ!』
俺と/私と、
お前の/君の、
気持ちを一つにすることなんだ!
「ガゼル!」
「ああ!」
呼吸が合う。
ジャンプも、ボールへのミートも、面白ぇ/面白いくらいに、タイミングが見える。
「うおおおおおっ!!」
「たあああああっ!!」
完璧に合った。
俺達が蹴ったボールがゴールに刺さる。
「…やったか?」
「…やったな」
もちろん、まだ一緒に蹴れたってだけで、技としてはまだまだ完成したとは言えねぇレベルだ。だけど、初めて形になった。
「…バーン」
ガゼルが、らしくもなく嬉しそうに笑って、グーを作ってきた。
「…おぅ!」
もちろん俺だって嬉しいに決まってる。自分でも分かるくらいニカッと笑ってグーを返した。ゴツンとぶつけ合う。またちょっと冷たいのかと思いきや、これだけ動いた後だと同じくらい熱くなってた。そういうのも、何か嬉しい。一緒にやってるな、って感じがするじゃん。
「っし、この調子でやるぜ!!」
テンション上げて言えば、
「あぁ!」
返ってくるのはちょっと高くて澄んだ、同じくらいテンション上がった声。
今までの、
『はい、バーン様!』
っていうのとは違う、隣同士の答えだ。
あぁ、大丈夫。このチームでだってキャプテンは俺だけど、ガゼルはすぐ隣にいてくれる。今まで別に一人でまとめるのが嫌だったわけじゃないけど、何かすごく安心した。
へへっ、何かいいな。こんなん一回味わっちゃ、もう独りには戻れねぇよ。
初めて合った。もちろんまだ技として完成はしていないけれど、ようやく足掛かりが見えた。
今の感覚。思い出すとじわりと温かいものが胸に広がる。
「…バーン」
それを確かめたくて、私はバーンに拳を出した。
「…おぅ!」
答えたバーンは、初めて見るような屈託ない笑顔で返してきた。ゴツンと音を立ててぶつけ合う。――多分、初めて見るのは当たり前なんだ。この顔は、私への顔。敵に、グランに、あの方に、チームメイトに、バーンは色々な笑顔を持っているけれど、この顔はきっと、私だけのものだ。
「っし、この調子でやるぜ!!」
私がそんな栓無いことを考えているうちに、バーンは力強く言った。
今までは、こういう時イニシアチブをとるのは全部私で、他の奴に譲る気など毛頭なかった。でもどうだろう、実際バーンに言われてみても、何故かあまり悔しくない。むしろ、こんなにも頼もしい。
「…あぁ!」
答える声が自然と高くなった。そんなバーンの横に私は並べてる。それが素直に嬉しく思えた。キャプテンはやっぱり君だけど、大丈夫、私はずっとここにいるよ。君がもう独りにならなくてもすむように、すぐ隣で支えてあげる。
同じ独りを、誰より知ってる私だから。
でも、結局その日はそこまでは行けたけど、技は完成できなかった。完成する前に、俺もガゼルも一歩も動けねぇくらいクタクタになっちまったから。時計を見たら12時半。かれこれ5時間もほとんど通しでやってたんだ、まぁ仕方ねぇか。二人して、フラフラになりながら引き上げた。
特に明日の約束はしなかった。帰り道はもう疲れてて余計な口きく元気なかったし、そんなのいちいちしなくても決まってるようなもんだから。同じ所に、同じ時間に来ればいいんだろ。
「バーン」
「あ?」
しばらく歩いたところでガゼルが唐突に立ち止まったと思ったら、
「私は、こっちだから」
「あ、ああ…」
そっか。もうすっかり完全に同じチームなつもりでいたけど、元々ダイヤモンドダストとはテリトリー違うもんな。ここで別々か。
「…そ、か」
他に何て言っていいかも分かんねぇし、そう言っといたけど…何かちょっとつまんねぇな。せっかく独りじゃない!って思ったのに、結局帰ればまた独りなのか。
「ああ。また明日な」
ガゼルは相変わらず例の淡っ々とした調子で、そんなことは全然思ってねぇみたいだった。ちょっと待て、俺だけかよ?さっきのもまさか、俺の独り善がり?
急に不安になって、Uターンしかけのガゼルの肩を掴む。
「えっ?」
「……」
当然驚いたガゼルと目が合って、でも俺も反射的にしたことだから、言葉は何も出てこなかった。
急に掴まれて止められたからさすがに驚いた。けど、それきり言葉を失ってるバーンの、その金の目を見たら、大体何を考えてるのかはすぐに分かった。
(…何を不安がってるんだか)
確かに私の態度も淡白に映るのかもしれないけど、さっきの感覚が気のせいとかではないことくらい、分かってもいいと思うんだけどな。
「何、まだやるのか?」
「…い、いや…」
わざと白ばっくれてみせたら、バーンは可笑しいくらい動揺して手を離した。…全く、フィールドでは頼もしいキャプテンなくせに、外に出ると子供に戻るんだな、君は。そう思ったら、思わずクスと笑ってしまった。
「…何だよ?」
「別に」
「別にってわきゃねぇだろ!人の顔見て笑っといて」
バーンがムキになってつっかかってくる。やれやれ、これだけ消耗してるはずなのに、元気な奴だな。
…仕方ない、一度きりの出血大サービスだよ。
何だよ、適当にあしらいやがって。結局お前は俺がいなくったって全然平気なんだな、分かったよ!そう思って、もう帰る、って言おうとして息吸った時。
ガゼルが急に俺の顔の横に顔を寄せてきて、
「……」
息だけで呟いて、
俺の目の前でフッと微笑んでから、Uターンして歩いて行った。
(おやすみ、私のキャプテン)
「……」
反則だろ。
その一言で全部――不安も焦りも疲れも寂しさも、全部吹っ飛ばしちまうって、分かってやってんのか。
ガゼルの背中が見える。
今まで10番しか背負ったことのなかった背中に、9番が見える。
「ガゼル!!」
その背中に向かって、俺は呼びかけた。
「明日、絶対完成させような!!」
ガゼルは立ち止まらず、振り返りもせずに、でも左手を上げて、そのまま歩いてった。
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