fire blizzard
-9-
昨日と同じように、チーム練をした後セカンドのグラウンドに行くと、今日はバーンが先に来ていた。もう自主トレを始めている。
「早いんだな」
声をかけたらバーンは振り返ってニッと笑った。
「そりゃあな」
……。
それはこれを楽しみにしてくれてたってことでいいのかな。
「…それはそれは、待たせたな」
「いやいいし。個人練だってやんなきゃじゃん?アトミックフレアだって手抜けねぇもん」
そしたら、意外にも至極まともな返事が返ってきた。
それはまぁそうだな。もしこの技が完成したって、それとは別にノーザンインパクトとアトミックフレアはそれぞれ磨かなければいけないだろう。
でも、前まで最終兵器だったノーザンインパクトが、次は出し惜しみせずに打てるんだな、と思うと嬉しくなった。しかも隣には同じくらい強い威力のアトミックフレアを打てるバーンもいて。それだけでも随分今までより強いじゃないか。思わず笑みがこぼれそうになる。
でもそのためにも、早く連携技を完成させなくてはな。
今日もセンターラインからやった。走るのが長くなるから疲れはするけど、その分気付くことも多いし。
「GO!」
何本かやった後、今度はちょっと気分を変えて、俺が最初にボール出す係になった。ガゼルが走り出す。今までの、何も言わなくても互いの呼吸が伝わり合うような感覚を思い出す。その感じに任せて最初のパスを出した。ガゼルの足元に吸い付くような完璧なタイミング。よっしゃ!すぐに走って追い掛ける。
バーンが隣に来た。一人で飛び出してる時と、体感温度が変わるから分かる。全く、君は本当に体温が高いんだな。
まぁそれもそうか、何と言っても君は炎。
そうそう、そんでもってお前は氷。
君と一緒にやることになってから、私達は色々似てるところもあるって知った。
けどやっぱり、正反対な俺とお前が組むからこそ、強くなれるんじゃん!
足りないところは補い合えばいい。
いいとこはぶつけ合って伸ばしゃいい!
そして私達は、
宇宙最強の、
ジェネシスになるんだ!!
何も打ち合わせしたわけでもないのに、どうしたらいいのか分かった。多分、分かったのも二人ほぼ同時だっただろう。
クリアを上げる。ボールを追い掛けてジャンプする。
右足に炎、左足に氷のパワーを集めて、
ボールに思いっ切りぶつける!!
本能に任せて動いていたら、体が一回転したのが分かった。それに気付いたのも、打った後のこと。
二人同時に着地して、二人同時にボールの行方を見たら、
赤と青の尾を引いたボールが、ゴールネットを破っているのが見えた。
「……」
「やっ…た…?」
私は何も言えなかった。バーンも、何とか捻り出したような声で呟いただけだった。
現実味がない。何かの間違いじゃないのか?そんな簡単に完成なんかするわけないじゃないか…。
「…できたーっ!!」
私が我に返る前に、バーンが叫んで、
次の瞬間、抱きつかれていた。
「…?!」
あまりのことに頭も体も完全に硬直すること5秒。
さっきまで動いていたから、脈も速ければ体温も(いつもから高いけど、尚更)高い。それに汗の匂い。全部間近に感じられてしまう。やめてくれ、喜びに任せて飛び付いてきたんだろうけど、私はそういうのはいらないんだ。
でも、そう言うことはできなかった。
技が完成したのとバーンの体温とで、何だか緊張の糸がフッと緩んでしまって。
雷門に勝てず、ジェネシス争奪戦から脱落した。どっちつかずの中それでもチームを捨てるわけにはいかなかった。先の見えない不安の中、自分でも気付かないまま、私はずっと気が張り詰めていたんだ。
もちろん今だってまだ安心してる場合じゃないのは分かってるけど。
ジェネシス決定への造反、混成チーム結成、連携技の特訓。一人だったら思いついたかどうかも分からないこんなところまで、もう来れたんだ。そう思ったら、何かがプツンと切れた。
「……」
今まではどんな時も一人で何とかしてきた。もちろん楽じゃない時もあったけど、誰かに頼りたいなんて思ったこともない。なのに、今は。どういうことだ、これは。
(…こんな時に、こんな温かいのが目の前にあるのがいけないんだ)
そう、バーンが反則なんだ。私が悪いわけじゃない。
できたと思ったら嬉しくって、反射的にガゼルに飛び付いてた。でもガゼルが固まっちまって何も言わないもんだから、ハッと我に返った時の気まずさときたらねえ。何だこれ、何この状況。あー、ヒートとかなら慣れっこなのに!とか思って混乱してたら、
次の瞬間。
「!!」
ガゼルが、無言のまま背中に手回して、ギュッて返してきた。
(ええええ?!)
一瞬超びっくりしたけど、
「……」
しばらくしたら何だか縋りつくみたいな手だって気付いた。
ガゼルは、たまにこういう感じで急に危うくなる時がある。この前の雷門戦だってそうだった。いつもは腹立つくらい何にも動じないのに、崩れる時は結構ボロボロに崩れちまう。多分、プレッシャーとの折り合いの付け方が、俺とは違うんだ。俺よりずっと自分をコントロールできるけど、その分跳ねっ返りがでかいんだろう。今までは、その跳ね返ってきた時も誰にも頼れずにいたんだ。
思わずギュッと抱きしめ返した。普段はむしろ頼もしいくらいのガゼルだけど、そう思ったら急に守ってやりたくなって。他の奴には弱音吐いたりなんか絶対しないこいつを、守ってやれるのは俺しかいない。いいぜ、いくらでも寄っかかってこいよ。どうせこんなことそんなに何回もねぇんだろうけどな。
そしたらガゼルが、肩に顔を押し付けてきた。えっ、何、まさか泣いてる?
「泣くなよ」
って思わず言ったら、
「泣いてない」
答える声は、確かに涙声じゃなかった。けど、何でか分かんねぇけど、かえってこいつ今泣きたいんじゃねぇのって分かった気がした。
「…なんでだよ、泣いたっていいのに」
呟きが勝手にこぼれた。もうこれ以上少しも無理させたくない。泣きたい時があんなら泣けばいいじゃん。俺なら受け止めてやれるからさ。
「…君は、言ってることがめちゃくちゃだ」
ガゼルは結局泣きはしなかった。けど、そう言う声がどっか安心してるみたいに聞こえたのは、俺の勝手な願望かな。
ゴールが既に破れているのでどうしようかとは思ったが、どうせジェミニがここを使うこともないから誰も困らないだろうし、一箇所破れてるなら何箇所でも同じだ。どうせなら使い物にならなくなるまで壊してしまおう。そんなノリで、もう何回かやってみようということになった。
「技の名前何にしよ」
ボールを回収しながらバーンが思い付いたように言う。
「キャプテンは君なんだから君が決めなよ」
「あっテメェ投げんじゃねぇよ!」
手を振って言ったらバーンは噛みついてきた。と言われても、私は名前考えるのが元々苦手なんだよ。君の方がセンスあるんだろうから何とかしてくれ。
バーンはしばらく唸りながら首をあちこちに捻って考えていた。一応私も考えてみる。ノーザンインパクトもアトミックフレアもそれだけで完成してて途中では切れないし、新しい名前しかないだろう。でも正直ノーザンインパクトでネタ切れなんだよね。氷系でカタカナが決まる名前はそんなにない。しかもあの技なんだから炎もいる。バーンが炎で私が氷…
「ファイアブリザード!」
「!」
バーンの声で思わず振り返るほど驚いた。
全く同じタイミングで同じことを考えてたからだ。
「ファイアブリザード、どうよ?俺が炎でお前が氷だろ?シンプルにさ」
…これは、もう決定だな。ここまで二人で同じように考えて同じものが出てきたんだったら。
そうは思ったけど、一応言ってみる。
「だいぶ大きく出た名前だな。他の奴らと被らないか?」
そうしたら、バーンは悪巧みしてそうな笑みを浮かべて、こう答えた。
「ハッ、炎と氷で俺らに敵う奴がいるわきゃねぇだろ?他の奴らなんか跳ねのけてやりゃいいんだよ」
……。
全く、これだよ。フィールドだと急に頼もしくなって、私の些細な不安なんか跡形なく吹き飛ばしてしまうんだから。悔しいけど、かっこいいな。昨日の夜寂しがってたのと同じ奴とは思えない。
それに、その言い方。君みたいに素直じゃない奴が氷の最強を私に任せてくれるなんて、随分信頼してくれているみたいだね。
「…悪くないな」
私も似たような笑みを浮かべて返した。ファイアブリザード、いいじゃないか。
それに見合うだけの技にしてみせよう。
あれだけ完成させんのに苦労したのが嘘みてぇに、二回目以降は楽だった。タイミングとかのコツが掴めたってのもあるし、
「ファイア、ブリザード!!」
やっぱこれだよな。アトミックフレアの時だってそうだったけど、名前のあるのとないのとじゃ全然違う。
三回も打った後には、もう目瞑ってもできるとこまで来てた。ゴールに空いた穴がどんどんでかくなってって、その破れが伝わったり何だりで結構ビリビリになってきてる。あっちのゴールなら無事だけどキーパーいなきゃあっちも破けちまうからな。…そいやキーパーがいたらどんな感じなんだろ。
「なぁ、グレントかベルガ呼んでこようぜ。キーパーに受けさせてぇな」
軽い気持ちでそう言ってみたら、
「…いや、やめよう」
ガゼルは乗り気じゃないみたいだった。
「え、なんでだよ?」
そしたらガゼルは少し考えた後、
「…これは、試合を決める時に使う奥の手だろう?あんまり他の奴に見せたくない」
って言った。
確かに、単体技二つだけでも十分なくらいお互いやってきたし、いくら完成したからってホイホイこれ打つのはもったいねぇかもな。そう思ってたら、
「…今度はお前がいるんだから私も最初からノーザンインパクトが打てるしね」
ガゼルがニコッて笑った。
「―――」
また見たことない顔とかその辺の女子より可愛いんじゃねぇのかとか色々あったけど、
一番動揺したのは、そのニコッて顔には、めちゃめちゃ俺に対する信頼があったから。
「〜〜〜」
思わず顔背けたら、
「…何、どうしたの」
ガゼルが気持ち楽しそうな声になった。
「うるせぇな!」
思わず声が荒くなる。あーでも自分でもちょっと赤くなってるって分かるから、これじゃこいつに楽しまれてもしょうがねぇよ。クソッマジで気まずい。
そしたら、
「…バーン」
「あ?!」
呼ばれて乱暴に振り返ったところにガゼルがひょいって覗きこんできて、
ニコッ。
「〜〜〜!!」
あーもうテメェ何なんだよ!!
簡単な奴、とか思ってんだろ、どーせ簡単だよ悪かったな!
ファイアブリザード。
俺と/君と、
私の/お前の、
秘密の最終兵器。
無駄打ちしないでとっておこう。
ジェネシスのため、あの方のため、どうしても必要な時に、想いの全てを込めて打とう。
そしたらその時、俺達/私達は、きっと次のステージへ上がっていけるだろう。
だから今はまだ、カオス。
混沌、だけど、全部の可能性が残ってる状態。
一緒に実現しよう、一つでも多く。
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