焔刃氷華
-6-
山火事を起こしたら洒落にもならねぇってんで、水のほとり、すぐ消せそうなところに火を起こすことになった。食べられそうなもんを探すのは明日明るくなってからにした。閉じ込められてる間も食事だけは出てたし、今から森の中入ってったら死んじまう。
火に当たってたら水も大体乾いたから、俺もガゼルもユニをまた着た。ほんとは新しいの着たいけどないもんはしょうがない。そうこうしてる間に夕方になって、日が暮れてった。空が青から薄紫、それから濃い青に変わってって、星が見え出した。暗くなり出したら夜空になるまで、驚くほどすぐだった。
暗くなったら、火が物凄く明るく見えた。左上には、と言ってもだいぶ上の方に、さっきまで閉じ込められてた研究所がそびえ立ってるけど、基本あそこから灯りはほとんど漏れてこないから、黒い塊みたいにしか見えない。
互いに焚き火を見つめてしばらく黙ってた。火に照らされたガゼルの顔の上で、火が揺れるのと一緒に光も影も揺れた。その目は無表情で何を考えてるのか分からなかったけど、やっぱり何だかきれいだと思った。だから多分しっかりしたこと考えてるんだ。ガゼルは、強さに溢れてる時、冷静に力を発揮してる時、一番きれいに見える。不思議に、男らしかったりかっこよかったりする時ほどきれいだった。
「…バーン」
俺がそんなこと考えてたら、ずっと黙ってたガゼルが不意に眉をしかめた。
「あ?」
「まずいんじゃないか…追手ってついているのか?この暗い中に火があったらすぐに居場所が割れてしまうよな」
「…!!」
確かにそうだ。言われるまで気付かなかったけど、俺達は逃げてきたんだ。もしあいつらがまだ俺達を探してたら、研究所のほぼ真下の湖のほとりなんかでこんな分かりやすく火なんか焚いてたら、居場所を知らせてるようなもんだ。
「やべぇよ、消そうぜ」
「ああ…月も出ているし大丈夫だろう」
俺達は急いで火を消した。濡れた土かけて踏みつけたら、火は不満そうに燻りながら消えてった。何とか消火したら、暗さが一層強まって、さっきまで火見てた目がこの暗さに慣れるまで何も見えない時間が続いた。少し離れてたせいでガゼルがどこにいんのかも分かりやしない。
「ガゼル?」
「ん」
ガゼルが振り返ったら、目だけ月で弱々しく光って見えた。
「いや、見えねえんだよ」
「私もだよ…」
目の光を頼りに、俺はガゼルに寄った。手探りでガゼルの肩探して、触れた頃には少しだけ目が慣れてきてガゼルのシルエットが見えてきてた。こんな時まで、ガゼルは袖をまくって肩を出していた。
「これお前で合ってる?」
「そうじゃなかったら何なんだい」
ちょっとあまりにも見えないもんだから手を繋いで、少し地面が乾いてるとこまで移動してから腰を下ろした。でもどっちも手を離そうとはしなかった。離したらまた見えなくて、ほんとに隣にいるかどうか不安になる。
ガサガサ、って音がした。二人同時に肩が跳ねて、手を握る力が強くなる。か細い虫の声が重なり合い、遠くでフクロウか何かの声もするけど、それ以外にも枝が折れるような音や、たまに断末魔的なひどい鳴き声も響き渡る。その度に手の力が強くなるのを、互いに馬鹿にする余裕なんかなかった。何が出てくるのか分からない、森の夜。正直、夜中に灯りもなくいるのがこんな不安とは思ってなかった。月が出てなければ無理だったと思う。それと、一人でも。俺は隣のガゼルを見た。風が吹く。夜風は思った以上に冷たくて、昼間一旦びしょ濡れになった体を震わす程度には寒かった。かぶるもんもないし、風邪引くかもしれない。ガゼルも細かく震えてた。俺の目に気付いて視線を返してくる。ようやくお互いくらいははっきり見えるようになっていた。
また、パキパキって音がした。けど、ガゼルを見てたら、怖いとは思わなかった。今度は、怖がってるのも寒がってるのも同じなのに、やっぱりこいつはきれいだった。暗いから、またとてつもなく。
――――きっと、同じことを考えてた。
ソレが正しくないことは知っていたけど、
知っていたけど。
バーンが少しだけ目を細めた。その意味が私が想定しているものと同じか分からなかったけど、私も視線の力を抜く。同じならいい、きっと同じだ。そう思って少し身を乗り出したら、同じだったことが分かった。最初は唇同士が触れ合っただけだった。次からはもう、力を加減する余裕がなかった。どうしたらもっと深くなれるか、それしか考えられずに、抱き合って、貪った。
「…は…っんん」
息継ぎの間さえ最短しか与えてくれなくて、くぐもったような変な声が出てしまう。でもそれが嬉しかった。バーンも欲してくれている。次は私が息をつこうとするバーンに噛みつく。やり返したら、やり返される。生々しい感触と口の中から耳に響く音だけ追いかけた。
「…どうする?」
唐突にバーンが呟いた。何を、と聞く前に分かった、上下のことを言っているんだ。私はバーンを見た。その目は暗闇の中で金色の仄暗い光に揺れていた。何だ、選択肢なんかないんじゃないか。それなのに聞いてきたのは、私の過去に対する気遣いだろうか。泣きたくなるくらい馬鹿げた優しさだ。でも同時にとても君らしいとも思う。
「…いいよ」
それだけの一言が、喉に引っ掛かって重かった。掠れる声で無理矢理絞り出したら、その瞬間、バーンは私を押し倒して喉元に噛みついた。
だって、他にどうすれば良かっただろう。
たった二人。
この広い広い世界に、たった二人で。
14のガキ二人が放り出されるには重すぎる世界で、それでも生きていかなければならないんだ。
あぁ、せめて今だけは。
めちゃくちゃになりたかった。
忘れていたかった。
俺とお前、君と私以外の何もかもを。
「ぃッ…!」
鋭い痛みが走る。けれど、その由来がバーンの尖った犬歯であると思うとゾクッとする。
バーンは私のユニホーム上衣を脱がせようとしなかった。その上から布ごと噛んだ。襟元と一緒に鎖骨下、袖口の下の方と一緒に胸の横。それがそのまま移動してきて、ユニホームの青と赤の境辺りの下にある乳首を探し当てて、また犬歯を立てられた。
「っ…あ…!!」
痛みの中に鋭い何かが走る。思わず声を上げたらバーンが噛みついたり転がしたりしながら息で笑った気配がした。その声とも言えない音にも興奮する。生温い気遣いの上から与えられる乱暴な刺激が君らしくてたまらなかった。
バーンが思い付いたように動きを止めた。と思ったら、彼の首の後ろに回していた私の手を外して、左腕を頭の上に上げさせられた。何だと思っている間にバーンの足が私の足の間に侵入してきて、布の上から膝でぐっと押さえつけられた。
「ぁあっ…!!」
いきなりの直接的な刺激に、思わず甲高い声を挙げてしまう。バーンはそれを聞いて満足そうに笑った後、顔を左へずらして上げさせられた私の左腕の下に潜り込んだ。
次の瞬間、腋に舌の感触を感じてギョッとする。
「ちょっ、バーン…え…?!ぅあっ!!」
どうしてそうするのか分からなくて声をかけようとしたら、また膝頭で下を刺激される。そうして私の意識を分散させながら、バーンは私の腋を執拗に舐めた。舌の動きと膝の動きが連動したりバラバラになったりするので、だんだん何が快感の源なのか分からなくなってくる。気付いたら私は、右腕も上げていた。こんなところで感じさせられるなんて思ってもみなかった。
ほどなくバーンは右へ移動してきた。私の右腋を舐めながら、今度は手が滑り降りて下着の中に侵入してくる。初めて他人の指が直接触れる感覚。体が跳ねた。今までの比でなく声を挙げてしまいそうで、思わず自分の手の甲を噛む。
バーンに気付かれた。口から手を引き剥がされ、唇で塞がれる。何だか塩くさい味が広がり、その要因が自分の腋の汗だと分かって妙な気分になった。
「ん…っう」
手を動かすと塞いだ唇の中から声が漏れてくる。ガゼルは熱かった。同じ男なんだから当たり前なんだけど、他人の、しかも冷静でしなやかなイメージのガゼルのがこんなに熱を持ってるってことに、何だか純粋にびっくりした。
布の中でやんのがもどかしくて、俺は一旦手を抜いてガゼルのアンダーウェアに手をかけた。ガゼルは協力的だった。変に恥じらったりしないところがお前らしい。何せ火の痕だってあんな簡単に見せたお前だ。
「…っはぁ、はっ」
唇を離したら息が待ち構えてたみたいに漏れてきた。それがエロくてたまんねえからついもう一度離したばっかの唇に噛みついて、また息を奪う。あぁ何か俺も限界が近い。こんな熱を持ってるガゼル、中はもっと熱いかな、なんて、考えるだけでヤバい。
靴脱がせてアンダーウェア全部足から抜いて、ぐっとガゼルの足を開いた。そしてそこを見た時に。
下半身は直接見たことなかったってことに気づいた。
うっすら、気持ちだけ生えたような毛の、その中にも。
この薄明かりでも、目のせいとかそんなんじゃなくてはっきり分かっちまうほど、
変色。
(こんなとこにまで…!!)
反射的に顔が怒りで歪んだのが、自分でも分かった。
prev/
next
back