焔刃氷華

-7-

私のそこを見たバーンが怒った顔になった。
そうなるだろうとは思っていた。君は優しい人だから。
でも暗闇の中で見るバーンの怒り顔は予想した以上に綺麗だった。君はこんなに綺麗な顔をしていたのか。ささやかな発見が嬉しい。

バーンが目を上げて私の目を見た。目が合う、5秒。その目が疑惑に満ちている。その疑いに今まともに答えられる気がしなかったので、代わりに自分でも引きつっていると分かる笑みを浮かべた。

「噛みちぎって、くれるんだろう?」

本当にちぎられたら死ぬ位置だけどね。


それを聞いた瞬間、俺の中で理性の切れる音がした。
止まってた手を性急に再開する。ガゼルの先走りと俺の唾使って、固い入口を指で荒らしにかかった。
「ぅ…っ」
ガゼルの声が苦しそうになる。当たり前だ。そこは普通何か入れるようにはできてない。なるべく早く改造して楽にやりたくて、傷だけつかないようにしながらペース上げて広げてく。
ふとガゼルを見たら、苦しがってるくせに目を閉じようとしないで俺をずっと見てた。目を細めはするのに頑として閉じない。俺を見てたがってるみたいに。
やっぱりそうなのか?と思ったけど、逆にそれならそれでいい。それだけのことを、俺になら許すってことなんだろ?
何だか得意気な気分になって、俺はゆっくりガゼルの中に入った。そんなに見てたいなら見てろよ、ってことで、ガゼルの目の前に来てやりながら。
「あっ…あぁあっあっ」
ガゼルが我慢できなくなったみたいな声を上げる。熱い。中は期待を裏切らずに熱かった。あぁこれヤバいな、気遣ってやる余裕持てる気がしねぇ。
見たら、目にうっすら涙が滲んでた。ジェネシス候補から落ちても泣かなかった。ファイアブリザードの練習して完成した時に泣きかけてた、でもあの時だって泣いてはなかった。今のこの涙だって物理的に出た涙だろう。けど、それでもお前を泣かせたのは俺だ。お前が目から離そうとしない、俺なんだ。
俺はその涙をそっと指ですくった。それをそのまま舐めてみる。汗より少しだけ塩辛い、俺だけの味。
「…舐めるなよ、変態」
それを見たガゼルが、涙ぐんだ目のまま笑った。
「……」
そんな面でそんな生意気なこと言えるほどぬるいかよ、俺は?
「…ハッ、随分余裕じゃねぇか」
俺はそう返して、腰を動かし出した。


動き出す寸前、バーンがしたイラついた顔がたまらなかった。それが見たいからつい憎まれ口を利いてしまう。けど動き出されたらそんな余裕は吹き飛んだ。視界の端が白く弾ける。
「あっ…あぁあっアっ」
思わずあられもない声を上げて、喉を反らした。ずっと見ていたバーンが視界から外れて、見えたのは細かい木の葉の影に侵食された夜空、そこに浮かぶ月。あぁ、ここは外なんだな、放り出されたんだな、ってまた思い知る。今私を抱いているバーンは間違いなくバーンなのに、明日からは南雲晴矢に戻ってしまう。私も涼野風介に戻らなければならなくなるだろう。利用されていたことは分かっているけど、それでもエイリア学園にいた時間は夢のようだった。その夢が終わっていく。
感極まって、私はバーンの背中に腕を回した。そこには10番があるはずだった。私が譲ったカオスのキャプテン番号。君にでなければ譲る気などなかったキャプテン番号。バーンの背中は温かかった。どうしてだろう、バーンはまだ背も伸びてなくて、体つきだって完成してはいないのに、その背中は広くてがっしりしていて、妙に『男』を感じた。
私がバーンの背中を抱いたのをどうとったのか、バーンは腰の動きを早めた。
「あぁ…ぅあっ…!!熱…熱い…!!あぁああっ!!」
あまりにも激しく熱が出入りするので、自制が利かずに喘いでしまう。こんなことをしている時点で恥も何もないし、それくらい激しくなければ抱かれている意味もないけれど、自分の声が淫らに変化するのを聞いているのは何だか居心地悪かった。

その、ちょうどさなかだった。

「……」

久しぶりに聞こえたバーンの声。

「―――」

掠れていたけれど、私の声と重なってもいたけれど、

間違いなく彼は今、こう言った。

『風介』

「―――ッ」

私はバーンの肩に手を戻して思いっきり押し返した。驚いたバーンに隙が生まれた、その隙をついて私はバーンの唇に噛みついた。荒々しく交わり合ったあと、でも長続きはさせないですぐに離す。まだ驚いている様子のバーンの目を正面から見据えて、私は息を整えた。


「呼ぶならガゼルと呼んでくれ」

妙にはっきりと、ガゼルは言った。

俺は昔風介を抱いたかもしれないそいつのことを追い出したかった。
最初、そう言ったことで逆にそのトラウマ掘り返しちまったのかな、って思った。
けど、ガゼルはそうじゃないって言う。
今しかバーンとガゼルでいられない。君は私を何度もガゼルと呼んで、その名で私を火の幻覚から引っ張り出してくれた。ガゼルはバーンに助けられた、その事実をこの体に刻んでおいて欲しいのだと。

「…」
それは確かにそうだった。一緒に宇宙人やってて、同じマスターランクで、ダイヤモンドダストのキャプテンでカオスの片方を任せられたガゼルだったからこそ、俺は認めてたし、助けたいって思ったんだ。

「…分かった」
俺はそう言って、ガゼルの額に額くっつけた。コツ、と音がして至近距離で目が合う。ガゼルの目は青、だけどすぐ近くで見たら結構緑でもあった。何だか宝石みたいだな、って思った。そういうのに詳しくないからうまく表現できねぇけど、深く深くに引き込まれてく感じがする。
俺の目にも引き込まれろよ、そう思ってそのまま腰を掴んでまた動き出した。ガゼルが一際高い声で喘ぐ。額くっつけたまま、無我夢中でまた中を擦った。
「ガゼル…!」
呼べと言われたその名前で呼ぶ。俺の声もちょっとだけ高くなってることに気付いた。
「っぁ…あぁ…あっ…!!」
ガゼルの顎がガクガク動いた。たまに唇の動きで、バーンって言おうとしてるのが分かったけど、そう言える余裕がないんだって見てとれた。それがまた興奮して、動きがでかくなる。その衝撃で、ある瞬間に、ガゼルのまくってた袖がポロッと落ちた、片方だけ。

「……あ…」
思わず声がこぼれた。
何となく、この袖が両方落ちたら、俺達はバーンとガゼルじゃなくなって、南雲晴矢と涼野風介に戻っちまうのかな、なんてぼんやり思った。

「…ガゼル…!」
俺は何だか泣きたくなって、宙に浮いてたガゼルの手を絡め取ってギュッと握った。
でも―――俺達はそれでもバーンとガゼルだった。この瞬間にバーンとガゼルだったことは揺るがない。これからもずっと残り続けるだろう。俺達の根幹に。
それが同じような残り方をするのも、やっぱりこいつだけなんだろうって思う。同じ孤独と同じ重圧と、それに同じ歓びを味わったのは、エイリア学園の奴らがどれだけいたって、やっぱりこいつだけ、目の前のガゼルだけだった。

「ガゼル、ガゼル…!!」
「バ…んぁあっ!!」

互いに何だか分からないくらい呼び合って、俺とガゼルは同時に限界を迎えた。


袖は、最後まで落ちなかった。

それに何の意味があるのかは分からなかったけど。


***********

バーンは終わって私の中から出ていった後も、私を抱きしめて離そうとしなかった。だから私も黙って抱かれていた。居心地は悪くなかった。消耗はしたけど、何だか満たされた気分だった。
「…なぁ」
「ん?」
バーンが顔を上げずに言った。
「お前…さ…その…」
そうやって言葉を濁すことでかえって何が聞きたいのか分かってしまう辺りバーンは素直な奴だった。怖いくらいかっこいいくせにそういうところに幼さも残っている。その両方が好きだと思ったから、私は答えてやることにした。
「…一回だけ」
「……」
「でも私の体が小さ過ぎてほとんど入らなかったんだ…それで腹を立てたみたいでこの痕をつけられた」
「……」
「それに懲りたみたいでそれからはそういうことはなかった…でも今考えたら何だか滑稽なんだよね、子供相手に入らなくて持て余してる男ってのもさ」
「…まぁ、そうだけど」
バーンは可哀想なくらい困っていた。何と言っていいのか分からないんだろうな、と思った。逆だったら、と考える。確かに簡単には何も言えないかもしれない。私としては火の方がよっぽど苦しい思い出だったから、この件ではあまり何も感じないのだが。
「だから安心していいよ、奥まで来たのは君が初めてだ」
「…そーいうこと言ってんじゃねぇんだよ」
だから努めて茶化せば、バーンは不本意そうな声を出した。けど少しまんざらでもなさそうにも聞こえた。その反応が可笑しくて何だか笑ってしまう。
「何笑ってんだよ…」
「君が可愛いからさ」
「あぁ?!」
バーンはイラっとしたみたいで、私の顔を睨み付けてきた。
私はそのバーンの顔に手を伸ばして、引き寄せてキスをした。キスと呼べるような生易しい触れ方をしたのはきっと初めてだった。
「それも好きなんだよ」
「……」
囁くように言ってやれば、バーンは眉間に皺を寄せて黙っていた。バカじゃねぇの、と言い出しそうな顔だったが、そう言いはしなかった。



「…これからどうしたい?」
またしばらく経った後に、バーンが呟くように言った。
「……」
恐らく明日とかではなくて、長期的なことを言ってるんだろうとは分かった。けれど、まだ具体的には考えられなくて、答えられなかった。二人で逃げ出してきたばかり、急にだだっ広い自由だけ与えられても、何だか足がすくんでしまう。
「…君は?」
卑怯な手だとは思ったが、同じ問いを投げ返す。
「……」
バーンはしばらく黙っていた。やっぱり考えているのだろう。
でも、私より先に、一つの答えに辿り着いたようだった。

「…サッカーは…しててぇな」

「……」

そう言われたら、何だか凄く納得してしまった。

私達には良くも悪くもサッカーしかない。ここで止めたところで、きっと逃げられるとは思えなかった。
それなら、とことん身を投じてみるのも手なのだろう。ジェネシスという形でなくても、私達の力がサッカーの中で何かの完成に至ることができるのなら。

「…ついて行くよ」
私は薄く微笑んでいた。
彼も、いつもの自信に満ちた笑みを返してくれた。

君となら――その完成に、至ることができるような気がした。
道はまだまだ遠いけれど、取りまく現実は広くて厳しいけれど。

君となら歩いていけるような気がした。

バーンとガゼルでなくなっても、私達は炎と氷、プレイスタイルから性格から、見た幻覚の種類まで正反対。

だからこそ、今更離れられる気がしなかった。

サッカーの舞台で、今度こそ。

君と何かを成し遂げよう。


*****

そして、これだけは絶対言ってやらないけど、


本当にありがとう、心から愛してる。


絶対に言ってはやらないけれど、ね。




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