焔刃氷華
-4-
火は大嫌いだった。
見るのも嫌で、だから氷のチームを作った。
でもそれなのに、君のことは嫌いになれなかった。
火でもいいな、と思ってしまっていた。
明るくて素直で、なのに悔しいくらいかっこよくて。
こんな火なら、好きになれると。
(死ぬ…のか?)
別にそれはいい、でも、
あぁせめて一目だけでも、
***********
「……」
牢屋を壊すのにどうしていいのか分かんなくて、でも迷ってる暇もねえから、嫌だったけどまたエイリア石使った。
石が紫色に光って、足に尋常じゃない力が沸き上がる。その力使って、ベッドを蹴り上げてアトミックフレアしたら、さすがにドアが半壊した。
(またあいつが来たって、また追い返してやりゃいいんだろ!!)
俺は転がり出るように外に出て、ひたすら走った。
「待ちなさい!!」
「捕まえて!!」
そこら辺から大人達が出てくるけど、元々サッカーやってんだから研究員風の腕っぷし弱そうな奴らは軽々避けられたし、警備員風の奴らだってエイリア石使えばまぁ何とかくぐり抜けれた。
最初ガゼルの居場所が分かんなくて困るかと思ったけど、そういう大人達が集まってる方がガゼルのいるところに違いねえだろ、ってことに走ってる間に気付いて、そうなってからはもう無心だった。
「ガゼルッ!!」
ガゼルは部屋の真ん中で、腕を引っ掻きながらうつぶせの状態で弱々しくもがいていた。
見たら、全身汗まみれで、涙で顔がぐしゃぐしゃになってて。
「ガゼル!!」
何見せられたんだ、まだ間に合うのか、そう思いながら反射的に抱き起こす。
肌が黒い、本物のガゼルだ。そのことに情けないくらい安心する。
けど同時に、状態がかなりヤバいことに危機感が沸き上がる。
ガゼルは息もうまくできてない。
「…はぁ…っ…かはっ…ひ…っ……か…」
その合間にひゅーひゅー空気が擦れる音みてえなのが喉から漏れてくる。
「ガゼル!!しっかりしやがれ!!何見てんだよ?!ガゼル!!」
思わず揺すりながら叫ぶ。ガゼルの目が髪の隙間から見えた、けど、涙だらだらでいつもの澄ました光の片鱗もなかった。
見えてない。今もまだガゼルは、幻覚の中に囚われっぱなしなんだ。
「……」
焦った。人が来たらまた一環の終わりだ。いくらエイリア石使ったって、こんな状態のガゼルを連れて逃げ回ったりなんてできねぇぞ。
どうしたらいいのか分かんなくて、俺はガゼルの体をがむしゃらに抱え上げて、廊下に踊り出た。
そのまま窓に突っ込んで、体当たりでガラス割って、
空中に出た。
それであそこが研究所の一番上の方だったんだって分かった。
樹海に向かって落ちていきながら、下からの風を受けながら、ガゼルを力いっぱいに抱きしめる。
「ガゼル…!」
無我夢中で呼ぶ。
帰ってきやがれ。
***********
……?
気のせいだろうか。
『ガゼル』
また、掴み所のない響きで私を呼ぶ声。
私は死んだのかな。
会いたいと思ってたから、声だけ聞こえたんだろうか。
『ガゼル』
その割には、何だか何度も。
『ガゼル!!』
うるさいな。
私は今大変なのに何だってそう…
「ガゼル!!」
(!!)
今度ははっきりと君の声。
まさかそんな、と思ったけれど、
「ガゼル…!」
バーン。
そうか、君はできたのか。凄いな。
見えない目を向ける。
動かない手を伸ばす。
…情けないな。私は独りじゃ抜け出すことができなかった。
「…バー…ン…」
ひりつく喉から声を絞り出す。
君が引っ張り出してくれたのなら。
せめて、せめて君を見つけよう。
************
「…バー…ン…」
「…!!」
落ちてく風の音にかき消されそうなカラカラの声が、腕の中からした。思わずガゼルの顔を見る。
「ガゼル!!俺だ!!見えるか?!」
ガゼルの目を真っ正面から見る。相変わらず汗やら涙やらでぐしゃぐしゃで、風で髪とかも乱れ放題だけど、少しだけ細まった青緑に、俺の顔が映った。これがガゼルの中まで届いてるのか。
「…はぁっ…は……」
ガゼルは相変わらず声の引っ掛からない荒い息だった。でも、三回くらい瞬きしてから、
「は…はは…み、える…見えるよ…バ…ン」
笑ってるのか泣いてるのか、やっぱり声になってない声で言った。
「ガゼル!!」
俺は思わずまたガゼルを抱きしめた。そしたら今度は弱々しいけどガゼルが俺のユニを掴み返してきたのが分かった。相変わらず息は不規則だけど、ああ、戻ってきた。樹海に向かって落ちてきながら、何か凄く泣きそうになった。
実はそんな場合じゃないんだけどな。二人して死ぬかなこれ。それならそれでいいか。片方残されたりしないし、エイリア石に狂わされたとか無様な目にも逢わずに済んだし。
なんて考えてたら、
「バーン」
「あ?」
「大丈夫だ」
ガゼルが弱々しいけど自信ありげに笑った。
ガゼルが見る方をつられて見たら、俺達が落ちてくのと少しだけずれた方向に、湖みたいのがあった。あそこなら確かに何とか生き残れるかも、でもこのままじゃあそこに落ちんのは無理じゃねぇの。
もう一回ガゼルを見たら、ガゼルは無表情で湖の方を見てた。
と思ったら、ガゼルの胸元が光り出す。
紫色の光―――エイリア石だ。
「なっ…バカ、やめろよ!!お前…!!」
慌てて言ったけど、ガゼルは無表情のまま、発動をやめない。少しずつ落ちてく軌道が湖の方に向かってってるのはそのおかげに違いないだろうけど。
君にばかり負担はさせない。
ガゼルはきっとそう思ってる。っていうか、横顔からそういう固い意志が見える。
「………」
ガゼルのそういうとこ、プライド高くて、折れなくて、めったなことじゃ甘えたりしないとこ、すっげー好き。
いいぜ、じゃあよろしく。そんでまた同じようなことがあったら、何度でも助けに行ってやんよ。
***********
「いってぇ…」
結局、どうにか湖に落下することには成功したけど、だからって無傷なわけじゃない。水に当たる時の衝撃は予想以上だった。軽く水柱まで上げて、いってぇ、くらいで済んでいる私達は、何だかんだ体が丈夫だったんだろう。
岸に上がってからも、バーンは定期的に痛みを口に出していた。確かにまぁ、痛い。けど『あれ』を破ってきたはずなのに、これくらいの痛みには堪え性がないなんて。不思議な奴だ。
「ていうかびしょびしょ。どーすっかなぁ着替えないし」
タオル欲しいとか何とか言いながら、バーンは無造作にユニホームを脱いで、たっぷり含んだ水を絞り始めた。一回捻るごとに面白いくらい水が出てくるのをぼんやり眺めていると、バーンが気付いてこっちを見てきた。
「お前も絞んないのかよ?風邪引くぜ」
「……」
言われて、さてどうしようかと思った。確かにその通りで、脱がないとそれも難しいのだけど。
…まぁ、いいか。バーンなら。
「あまり…驚くなよ」
「はっ?」
低く呟いた時には意味が分からない顔をしていたバーンが、見たら息を呑んだのが分かった。
細かい傷と変色の痕。
胸から背、腹、その下にも。服の下に隠れるところにならどこにでも、無節操に広がるこれ。
見慣れた私でもおぞましく思うことがあるのに、見慣れない君にはどんなにかだろう。
私は黙って脱いだユニホームを絞る。水が滝のようにでてくる。その間中、バーンの視線を痛いほど感じていた。
「……なんだよ、それ…」
だいたい水が出なくなってきた頃に、半ば予想通りの呟きがバーンの口からこぼれる。何て簡潔な問いかけ。
なので私も簡潔に答えることにした。
「…タバコさ」
「タバコ…」
バーンは呆然として繰り返した。
幼い頃、私は虐待を受けていた。
それがどういう関係の大人だったのかはもう覚えていない。多分、母であった人の連れてきた男だったのだろう。彼は何かあると、タバコの火を私で消していた。
服の下、普通に暮らしていれば目には見えないところ。
そういうところは、肌が薄くて、熱も余計敏感に感じるところで。
でも、泣き叫んだら殺されると、本能的に察知して、息を止めていた。
誰だったかは忘れても、そういうことは忘れることができない。
バーンは表情をなくして黙っていた。
普段はあれだけ暑苦しいのに、今は物凄く静かな目で私を見ている。
一番隠しておきたいものだったはずなのに、どういうわけか見られていてもあまり居心地が悪くなかった。不思議なもので、バーンが相手だと動揺しなくなる。どんなことでもそうだ。どうしてだろう?理由は分からない。
私は絞ったユニホームを広げて、近くの枝にかけて乾かそうとバーンに背を向けた。ユニホームのこの素材なら、干しておけば夜までには乾くだろう。下半身は絞るまでもないかな。そんな下らないことを考えていたら、
急に背後から黙って抱きすくめられた。
「―――」
一瞬、息が止まる。
バーンに抱きしめられるのは二度目だけれど、今回は互いにまだ濡れた体が直に触れ合っているから何だか変な気分になる。
でも何も言うことはできなかった。
この体温が有難かった。
気付けば無意味に下唇を噛んでいた。
「…噛みちぎってやりてぇ」
「はっ?」
「お前の火傷全部」
「――――」
唸るようなその言葉に、ゾクッと背中を何かが駆ける。あぁ…本当にそうしてもらえたらどんなにいいだろう。代わりに君の歯の形が私の体に刻まれるんだ。
「君は…優しいな」
そう言ったら、声が震えた。
君に全部任せたら――私は火の呪いから解放されるだろうか。
エイリア石にまであんなものを見せられた、根強い呪いから。
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次かその次あたりエロが来る予定でs…がんばれ自分