焔刃氷華

-2-

何の変化もなく時間だけがジリジリ過ぎてった。こうなってから何日目なんだ。
時計も外の光もないから全然分かんねぇ。

人間ってのはこんな光も音もない所にずっと閉じ込められてたら気が狂うんじゃなかったっけ。一体あの人は何がしてぇんだよ。記憶消す代わりに発狂させようってのか?

心の中に何度も沸き上がっては消え、消えては沸き上がる、この監禁の意味への疑問。


その答えを知ることになったのは、突然だった。


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特にカメラのレンズが見えなくても、監視されてるんだろうことは肌を刺す気配で分かっていた。それは当然逃げ出したりしないよう見張るためだろうと思っていたから不自然には思わなかった。
けれどよく考えたら、それだけならこんな、気配が感じられるほどにじっくり見られる必要はないはずだったんだ。もっとよく考えていれば、もっと早くに気付けたのかもしれない。

「……あ…」

そんなことに今気付いても、もう仕方ないのに。

「ぎゃあああああああああっ!!」


***********

それはホントに急な変化だった。

今までは人がいるかどうかも分かんねえ感じだったのに、いきなりドアの外でバタバタ行ったり来たりする陰が見え始めたんだ。

(何だっ?!)

ちょっとの変化だって敏感になってんのに、これに気付かねぇ訳はない。速攻ドアに張り付いた。

でも覗き窓は防音すりガラスで、目を凝らしたって見えるもんは少ない。それならとダメ元で聞き耳を立てた。音拾えりゃそっちの方が分かることが多そうだ。ドアに張り付いてりゃ少しは―――。

『…ぁああーーッ…』

「?!」

すっごい遠くだったけど、

間違いなく聞こえた。


悲鳴、ガゼルの。


背中をゾクッと何かが走った。

あのいっつも澄ました顔しかしねぇガゼルが。

何があったらあんな声…!!


「…っテメーら何してやがんだよ!!」
ドアを力任せに蹴りつけた。ガシャーンって音が立つけどビクともしないのは同じ。でも他にねぇから何度も蹴った。ガシャーン、ガシャーン。ガゼルが苦しんでる、なんでだよなんでなんだよ。何が起こってるんだっ!!


と、その時、

『静かにして頂けませんかね、バーン様』

唐突に、スピーカー越しの音声が部屋に響いた。
「その声…研崎か!!」
スピーカーが見えないから、上の方を探しながら言った。やっぱこいつが噛んでたのか!!食えねぇ野郎だとは思ってたけど。
『今ちょうどいいところなんです。今騒がれては記録に障るのですよ』
研崎はムカつくくらい動じずに言った。ちょうどいい?記録?!何のことだよ?!
「テメーガゼルに何しやがった!!」
『おや、そこからよくガゼル様と分かりましたね』
「答えやがれ!!」
余裕のその態度がイライラする。こうしてる今だってガゼルが死にそうに苦しがってる、こいつらがガゼルを苦しめてんのに…!!

『何もしておりませんよ、我々は』
けど、研崎の答えは予想外のものだった。
「何…?」
どういうことだよ。ガゼルがあんなんになってるのにこいつが噛んでんのは間違いねぇだろ?!さっき記録がどうとか言ってたじゃねぇかよ!!
「どういうことだ!!」
言いながら俺はまたドアを蹴った。答えなきゃ騒ぎ続けてやる、そうプレッシャーをかける。
『…本来ならお答えする義務はないと思いますが特別に教えて差し上げましょう』
少し考えるような間があった後、研崎は言った。
『エイリア石の力については、貴方がたはとてもよくご存知ですよね?しかしこんな素晴らしい力が無条件で手に入ることは自然界の法則としてあり得ません。ではその力の代償となるものは何でしょう?』
研崎はいやにスラスラ言った。

代償、その言葉も。

「――――」
エイリア石の副作用があるってことか?
それでガゼルはあんなんになってる…?

『答えは使った者の精神です』

「!!」
半分予想通り、半分予想外の答え。
「精神…だと?」
『そうです。エイリア石を使った度合いが多ければ多いほど、精神の消耗が激しくなる。実はわざわざ記憶を消さなくても、ジェミニストームやイプシロンほどエイリア石の力を浴びていれば勝手に廃人になるんです』
「―――」
『その点、彼等ほどエイリア石漬けになっていない貴方がたは非常に良いサンプルだったんです。少しの被曝だとどんな症状になるのかを見るためにね。いつどんな形で出るのか分からなかったので、しばらく様子を見させて頂きました』
様子を見る、ってのがこの監禁かよ。
「…テメェ…」
『おや私は指示された通りに行動しているだけですよ。…それにしても興味深い。同じようにエイリア石を使った貴方がたに作用時間の差が出るとはね。貴方にももうすぐ来ますよ、バーン様』
睨みつけたのに研崎は全然動じない、どころか楽しそうにそう続けやがった。
「来る、だと?」
『ええ』
研崎はそこでわざとらしく間を空けて咳払いした。
『貴方がた程度の被曝で出るのは幻覚のようでしてね。ガゼル様も何をかご覧になっているやら』
「―――?!」
幻覚。ガゼルが、あのガゼルがあんなに苦しんでんのが幻覚のせいだってのか?
何が見えたらそんなに辛いってんだ…?
ガゼルの悲鳴が耳の奥に残ってる。まるでそのまま死んじまいそうな声。そうでなくたって発狂しちまいそうな―――。
『精神力がお高いガゼル様ですから精神がもつかというサンプルにもなりますね。本当に貴方がたは貴重だった』
「―――!!」
こっちの考えを読んだようなタイミングで研崎が言う。やっぱり、ガゼルは相当危ねぇってことか!!
「テメェ…!!」
『おやおや怖い。では失礼致しますよバーン様。貴方に現れる作用にも期待しております』
研崎はそう言うと一方的にスピーカーを切った。


憎しみみてぇな怒りが心の底から沸いてくる。許さねぇ。ガゼルをそんな目に遭わせるあいつら、絶対に許さねぇ…!!暗い炎が燃え上がった。赤黒い炎。

一方、俺はどっか凄ぇ冷静に考えを巡らしてた。
そして静かに悟る。


ガゼルを助ける。何があっても絶対助けに行く。

でもその前に、俺がその幻覚とやらを乗り越えなきゃいけねぇんだ、と。


奴らに対する怒りとその決意で、俺の心は良くも悪くも冷えきっていた。

来るなら来やがれ。



目を一旦閉じて、次に開いた時、

俺の目の前には、氷漬けの世界が広がっていた。




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