horrible turquoise


fiery redの同設定別軸

カードで守られてるセキュリティを破り、マスターランクキャプテンの一翼を担うガゼルの部屋に侵入するようになってから、その生態について一つ気づいたことというか分かったことがあった。
ガゼルは、圧倒的に寝込みに弱い。
弱い、というよりは、死んでるんじゃないかと心配になるくらい眠りが深いのだ。もし起きてる時だったら他人の気配を絶対見逃さないガゼルが、寝てる間だったら俺が分かりやすくドアを開けて侵入しても絶対に目を覚まさない。それどころか眠りが浅くなってヒヤリとすることもないのだ。よく耳を澄ませなきゃ寝息の音さえ聞こえなくて、マジで仮死状態にでもなってるんじゃないかと思うほどだった。
だったもんで、夜中にガゼルの部屋に来た時は、部屋の主がそこにいるとは思えないほど好き放題できた。まぁ荒らした跡を残したら起きた後バレるだろうから、大したことはできなかったけど。

(…そうだ)
ある日、せっかくこんなやりたい放題なのに意外と制限されてて退屈だなと思ってた俺の頭に、ふと下らない閃きが訪れる。
ガゼルがつけてる日記でも、あるいは手帳やらメモでも見つけられたら、こいつの頭の中を丸ごと覗けるんじゃないか?こいつだったらいかにもそういうの書いてそうだし。
そう思った俺は早速そういうものを探しにかかった。持ち歩いてそうな袋、机の引き出しの中、かなりうるさく音を立てても部屋の主は相変わらず死んだようにお休みだ。
「……あった」
程なくして俺は目的のものを見つけることができた。手帳と日記の間みたいな冊子が出てきたのだ。意外にも、俺が使ってるのと同じシリーズだった。パラパラ中をめくったら、期待したほど面白いことは書いてなかった。時々ミーティングの時間や練習の時間がメモしてある程度だ。他にも、一言二言の感想が書き殴ってあることもある。ガゼルの字は意外な形をしてた。細くて流れるような筆跡なのかと思ってたけど、そうでもなく、一つ一つの字が独立して角張っていた。

『楽しくなってきたね』

ある日の欄に、それだけ書かれてるのを見つけ、俺は首を捻った。その日特別に何かあった覚えはない。少なくとも必殺技が完成したとかそういうのはなかった。
大体、一人で書いてる日記に語尾がついてるとは。日記帳と話でもしてるんだろうか。だとしたら電波だな。割と見た目通りだから驚きはしないけど。それからまたしばらくまともなメモが続く。練習試合の勝敗とか、グランの右後ろ、これは弱点だろうか。チームメイトの名前が登場したりして、存外、普通のキャプテンらしい時もあるようだ。と思ったら、またあった。

『しばらくだったね』

支離滅裂な話し言葉。確かに前の楽しくなってきたねからは何日か挟まってるけど。けどこの日だって何があったんだったか。
俺はこういうのが他にもないかとりあえず探すことにした。やっぱり何日かおきにあった。

『もう準備はできてるよ、まだなのかい』
『うるさくしてもいいと言ってるんだ』
『かなり寛容だろう?』

だんだん頻度が上がってる。しかもどんどん話し掛けてる感も強まっている。一体何なんだ。最初は何とも思わなかったのが、得体の知れなさに何となく不気味になってくる。
次のページをめくったら一番上が今日――正確には12時回ってるから昨日の日付だ。俺は微妙な気分で一応見ておくか、ページをめくった。

『バーン』

「―――」
文字通り、息が止まった。そこで急激に部屋の温度がガクンと下がって、体が勝手に足から頭まで震えた。

(……、まさか、)

鳥肌も相まって、思わずゾッとして振り返ったら、

「―――」

さっきまで、間違いなく仰向けで熟睡していたはずのガゼルが、横向きになって目を見開き、俺を見て笑っていた。


目を剥いて震える俺と裏腹に、ガゼルは今やクスクスと声にならない息を漏らして笑っていた。質の悪いホラーにでも迷い込んだような気分だった。まだ事態についていけない。
食虫植物、って単語が脳裏をよぎる。何でこいつの目つき、身の危険を感じさせるほど鋭いくせに、

「『楽しもうか、バーン』」

どんな女でも敵わないくらい、艶かしいんだ?

「……ふっ」

けど冷静になれば、状況は実にシンプルだった。
何のことはない、まんまと嵌められたってわけだ。よく考えたら、さっきの変な独り言が書いてあった日は、全部俺が夜ここに来た日だ。こいつの弱味を握って手の内に入れるつもりが、逆に俺が最初からこいつの手中だったというわけだ。

「…けどどーでもいいんだよ、んなこたぁな」

ガゼルが笑みを消さないまま、おや、という顔をした。そこに俺はゆっくり歩み寄る。

思いの外こいつも乗り気だった、っていうだけで、実のところ、俺の目的の遂行に当たっては全く障害じゃない。むしろ色々面倒な段階をスキップできたと言っていい。
そう、順番なんざ大した問題じゃない。
最終的に、こいつが俺に堕ちる結果にしてみせるのは変わらないのだから。

「ふぅん?何がだい」

俺はすっかりいい気になって俺を呼んでいる部屋主に、ついにお望み通り覆い被さった。

「せいぜい勝った気でいろよ」

そうなれば目的が同じならやることは一つ、俺はその食虫植物に食らいついた。

「あ…ッ」

容赦なく鎖骨に齧りついたら、今度はガゼルが身を震わせる番だった。悪寒ではなく高揚に負けて。

「今だけだからな」
「……」

それを聞いて苛立たしげに細まった悪夢のようなターコイズブルーは、性の興奮に彩られ、変わらず楽しそうに光っていた。




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10月9-11日のバンガゼ3daysに出先で支部に上げました!毎年のことながらおめでとうございました(゚∀゚)