fiery red
銀髪碧眼、冷徹怜悧、絵に描いたような済ました顔しかしない割にサッカーの時には結構熱くなる。男のくせにやたら綺麗な顔して、けど俺には何の動きもない軽蔑だか無関心だかの目しか寄越さない。
その生態に興味が湧いて、俺は部屋の主以外は入ってはいけないことになってるガゼルの部屋のセキュリティを破って侵入してみた。
俺と同じ間取りの無機質な部屋は、案の定殺風景だったけど、そこはかとなく俺の部屋とは違う匂いが漂っていた。
不意にゴミ箱を覗いてみたら、俺の部屋にあるのより圧倒的に菓子のゴミは少なかったけど、シュレッダーの紙屑やら何かのビニールケースやらの中に、見覚えのある感じで丸まったティッシュも混ざっていた。
これは意外だなァ、淡白な顔してやることやってるってわけな。そう思ってベッドのシーツとか見ると何とも言えない笑いがこみ上げてくる。あいつが、ここでなぁ。でも想像しようとすればするほど、ナニしてても淡白な顔してそうな気がしてくる。それはさすがにないか、でもじゃあ乱れてるとしてどれくらい?ハッキリ言ってさっぱり想像できなくて、多分実際見てみるまでは答えなんか出ないんだろうなぁと思った。
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それで何とかして目撃してみたいと思って、俺はあいつがいる間も潜んでいられないかとあれこれ画策した。けどまぁあいつもダイヤモンドダストのキャプテン、勘は恐ろしく鋭いからそう簡単にはいかない。仮に入って来た時姿を隠せてたとして、一晩同じ空間で息をしてることが可能だとは思えない。
結局、目的は果たせないまま主不在の部屋に侵入することを繰り返すだけだった。ガゼルは俺よりマメらしくてゴミ箱は特に一杯になってなくても二日に一度は空になってる。練習試合で負けた日には菓子のゴミが入ってることもある。何かこう言ってるとゴミしか見てないみたいだけど、正直他に変化らしい変化を見つけることはできないのだった。
と思ったら、3回目くらいの頃から、机の上に見慣れないジャム瓶みたいなガラスの瓶が置かれるようになった。前に赤いラベルでも貼ってあったんだろうか、透明な瓶だったけど何となく赤っぽい感じはする。けど、パッと見その中は空で、何のために置かれたのかよく分からなかった。
そして数日後には、またいつの間にかその瓶は机の上から消えていた。
あまりにも変化を見つけることができないので、俺は少し手を伸ばしてみることにした。ユニホームやら部屋着の入ってるクローゼットを見てみたら、衣装ケースみたいのの上にあいつがいつも身に着けない赤いキャプテンマークが置いてあった。クローゼットの中は思ったほど整然そのものってわけでもなかったけど、俺のよりは整理されてた。それとサッカーボール、エイリアボールがいくつか転がっている。
クローゼットには特に新しいものを発見することはできず、俺はその扉を閉めてベッドを見てみた。シーツは確か何色かから選べる仕様だったけど、白かと思ったら近寄ってみたら薄い薄い青だった。俺だったら寝るとき寒色系はごめんだけどな。布団やらシーツやらをめくったりしたら気づかれるだろうから、まずはなるべく変化させずに見つけられるものを探す。枕元には色のない髪が数本落ちてて、俺はそれを試しに拾って引っ張ってみた。弾力があって伸び縮みする髪だった。色素薄いだけで結構健康な髪してんだな、あいつ。
そう思ったらガゼルの足音がしたので、俺は慌ててそのベッドの下に隠れた。この時間だったら忘れ物を取りに来たとかそういうだけだろうけど、そうじゃなかったら詰むな、と思いつつ、不思議と特に焦ってない俺がいた。
扉が開いてガゼルが入ってきて、デスクの引き出しやらクローゼットやらを漁ってて(クローゼットの中に入ってなくて良かったと俺は思った)、必要なものの数々をデスクに置いていく。その物音がずいぶん慌しくて、ガゼルでも急ぐと普通に焦るのかなんて思う。いや最初にナニしてるってのまで見つけておいてアレだけど、どうにも普段の言動からはこういう人間味みたいのが想像できないんだよな。まぁグランよりはマシかもしれないが。
なんて思ってたら、唐突に物音が止んでいた。ベッドの下から覗いてみたら、ガゼルの足はまだそこに見える。まさかバレたか、と思って息を殺してたら、どうもそういうわけでもないようだった。ガゼルはまたデスクに歩いて、引き出しの中から何か取り出した。
よく見えなかったけど、それはあの、いったん机の上に置かれてまたなくなったジャム瓶だったように見えた。なくなったんじゃなくて引き出しにしまってたのか。ガゼルはその蓋を開けてまた閉めて、引き出しの中に戻してた。よく見たら鍵つきの引き出しじゃねえか。前に見た時より何か入ってるように見えたけど、何となく赤いってこと以外はやっぱりよくわからなかった。
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それから数日経って、ダイヤモンドダストとの練習試合の時、ガゼルの手首に見慣れない赤いミサンガが巻いてあった。赤いから最初キャプテンマークかと思ったんだけど、それにしては細すぎる。あいつミサンガなんかすんの、しかも赤なんて、と意外に思って、試合中もやたら目に付いた。まあそれで気が散ってサッカーに支障が出るようなダサい真似はしないけど、それとは関係なく試合は引き分けだった。
試合の後、データ分析とかしててチームメイトよりちょっと引き上げるのが遅れて、その更衣室で俺は同じように遅れたのだろうガゼルに出くわした。手首にはまだ赤いものが巻かれている。俺は試しに声をかけてみることにした。
「珍しいもんしてんじゃん」
ガゼルは例の興味なさそうな目を俺に向けた。
「サッカーだからミサンガがあってもいいんじゃないかと思ってね」
ガゼルは顔をタオルで拭きながら事も無げに答えた。
「お気に入りなんだ」
けどその表情に似合わず積極的なコメントが出てきたことに俺は少し驚いて、その赤いミサンガに目を戻した。
「へぇ、赤が?ちょっと見せてみろよ」
俺がガゼルの手首を何の気はなしに取って、ミサンガを良く見ようとしたら、ガゼルは意外にも大人しく俺のしたいようにさせてた。
ミサンガは真っ赤に見えたけど、よく見たら暗い赤と白が交互に織り込まれているのだった。こんなのどこにあんだろ、まさか作ったのかな、と思ってそれを軽い気持ちで引っ張って見た時、
「――――」
その覚えのある感触に、俺は一瞬頭が真っ白になった。
それは、枕元に落ちてた色のない髪を引っ張った時の弾力だった。
ガゼルがタオルから顔を上げる。
その顔は今まで見たことないような楽しげな笑顔に変わっていた。
間違いない、この赤は俺の髪、白はガゼルの髪だ。
こいつに髪を奪われた覚えはない、ということはこいつは、俺が部屋に侵入した時に落とした髪を。
「ジャム瓶」
「!」
「毎日ご苦労だったね、バーン」
ガゼルはそう言うとそのミサンガに唇を寄せて、ようやく十分な材料が集まったから完成したよと笑った。
言葉を失ってる俺に、ガゼルはするりと身を寄せてきた。暗赤と白で鮮赤になったミサンガが巻かれた手を俺の首に回して、
「わたしのアレが見たいんだろ?」
耳元でそう囁いてきた声は、中毒になるような甘露だった。
あぁ多分こいつはヤバイ、本能的にはそう分かってたけど、俺はその匂いに勝てずに、与えられるまま齧りついてしまった。
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不意に悪魔の囁きみたいに降ってきた突発的バンガゼ