盗めない宝石
デュエルでの勝利をその条件とする限り、オレに奪うことのできないナンバーズはない。それだけの確信を得るまでデュエルというものを研究し尽くしてきたし、自分の腕を完全に信頼できるようになるまで、魂の奪い合いを伴うナンバーズ狩りを開始することはしなかった。ハルトのことを考えれば一刻の猶予もないはずのこと、日々性格を蝕まれていく弟を目の当たりにすることは焦りを募らせた。だが、それでも、だからこそ、オレは慎重になった。自分の中の迷いが、弱みが、完全に消えるのを待ったのだ。
そのはずだった。だが、九十九遊馬はあっさりとそれを揺るがした。最初は、こんな年端もいかない子供が、とチラリと思ったが、それでもその魂を奪うことにまるで迷いはなかったはずだった。
それが何の因果か一発で仕留めることに失敗し、彼がナンバーズのオリジナルを身に宿すことを知り、そのアストラルとのデュエルの最中に彼を助けるために飛び込んできた彼は、閃光のようにオレの心に切り込んできた。なんでお前がこんな悪魔の手先みたいなことしてるんだ、と。
一度は恐怖を以って圧倒しただけだった。二度目はアストラルのライフの残りがわずかになってから、デュエルの最終盤になってからゼアルとなって飛び込んできたに過ぎない。それ以外でも数回しか顔を合わせたことはなく、それも遊馬にとっては理不尽で暴力的な真似しかしてこなかったはずだ。それなのに彼は、隠していたはずのオレの本質を見抜いてしまった。
「カイトはオレの目標なんだ!」
その後も遊馬はオレに対して懐いているような素振りを見せた。ハルトの一件ではオレとハルトのために自分のライフを削ったり闘士を失くしかけたオレに奮い立たせるための言葉を投げてきたりした。そしてついに、X――クリスとの対決を勝手に見に来ていた遊馬は、その理由をそんな言葉で表した。
その言葉をもとにこれまでの奴の行動を振り返ると、奇妙な納得が腹に落ちる。と同時に、どうしてそう思えるのかの疑問も深かった。遊馬は共犯の立場から俺を慕ったドロワやオービタルとは違う、被害者の立場のはず。なのに、何故俺を恐れも憎みもせず、悪魔のメッキに隠したはずの俺をこんなにも曝け出させようとするのか。
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デュエル終了を告げるブザー音が鳴り響く。遊馬の体が倒れて転がった。AR空間がデジタル音を伴って解除されていく。オレは遊馬に歩み寄った。この勝利のもたらすものは大きい。遊馬は数多くのナンバーズを所有している。それを回収することはオレの目的を大きく前進させるだろう――彼の魂と、アストラルの存在と引き換えに。
遊馬は覚束ない動きで上半身を起こし、オレを真っ直ぐに見返してきた。これから何が起こるか知っているはずのその目が、まるで光を失っていないことに、オレは少なからず驚いた。
「…何か、言い残すことは」
その驚きがそんなことをオレに言わせたのか。自分でも気づかず口走ったその言葉に、遊馬は真剣なままだったその表情を少し綻ばせた。
「あれ…そんなこと、聞いてくれるんだ」
「……」
答える術がなかった。オレ自身が一番意外だった。だが、それを撤回する気にもならなかった――それを聞かずに魂を奪うには、オレはこいつに深く関わりすぎた。
「オレ、魂取られるとかほんと怖ぇって思ってたんだけどさ。カイトにだったら、しょうがねぇやって思うんだ」
「……」
「アストラルも、そう言ってるぜ」
アストラルはこの世界ではオレの目には見えない。遊馬の斜め横の中空を見るが、何も映らなかった。だが、それでも遊馬の言う通り、アストラルも落ち着いているのだろうとどうしてか分かった。
「……何故だ。お前は、そこまで盲信する価値をオレのどこに見出している」
ずっと疑問に思っていたこと、でも本人に聞くつもりもなかったことが、口から滑り出た。遊馬は、それを聞いて曖昧な笑みを浮かべる。
「うん…なんでなんだろうな。オレにもちゃんとはよくわかんねえ。でも、ずっとカイトのこと、カイトのデュエル、すっげえかっこいいって思ってたんだ。それは変わらねえよ」
遊馬にも理由が分からない、というのは本音かもしれない。こいつにとって優先すべきはアストラルの存在を守ることのはずだ。オレが何者であろうと、それを脅かすものであることに疑いの余地はない。遊馬自身、オレに惹かれたことに戸惑っていたのかもしれない。
「…けどさ。やっぱ、ちょっとだけ怖いんだ。…手、握っててもいいかな」
「……」
オレは、それを許すためではなく、遊馬の体に手が届くようにするために、左膝をついた。立てた右膝の上にぶら下がるオレの右手に、遊馬が躊躇いがちに手を伸ばす。その手は言葉通り細かに震えていて、それを撥ねつけるほど冷酷に徹することはできなかった。
「怒んないんだな。やっぱカイトは優しいや…」
オレは遊馬に掴まれた右手を遊馬の胸に翳した。自分でも険しい顔をしてしまっている自覚はあった。遊馬はそのオレの目から目を逸らさないまま、見たことのない、切なそうな笑顔を浮かべた。
「ハルトに、よろしくな」
翳した右手が躊躇うのが分かった。オレは、奥歯を噛み締め、その躊躇いを意図的に強く踏みつけ、フォトンハンドを発動した。
「う…ぐっ、ああああ、あ…」
オレの右手に縋る手からずるりと力が抜ける。倒れていくその背を左手で受け止めてしまったのは何故だろう。眠るような顔で意識を手放した遊馬の体は、まだ見た目通り軽かった。引きずり出した右手には、多数のナンバーズを従え、しかしまるでその力に染まっていない、色彩鮮やかに輝く強い光の塊。今まで手にしたどの魂より、強烈で美しい――そう、まるで、宝玉のようだった。
背に汗の冷える感触と共に、部屋の天井が視界に急激に飛び込んできた。
(…夢、か)
オレはダメージに痛む上半身を起こした。まだ冷や汗の感覚が生々しい。夢の中で手にした遊馬の体と魂の感触――重み、温度、色彩も、両手にはっきりと残っていた。
「……」
オレは両手を握り締める。そう遠くない未来のことだ。寸分違わず実現されてもおかしくない状況だった。
『ハルトに、よろしくな』
ハルトがどうしてああなっているのか、過去はどういう子だったか、何も知らないのに、少し関わりを持っただけでどうしてここまで踏み込んでくるのか。――今日のあの言葉を聞けば自明だ、オレのため、それだけだ。こうなることが分かっていて何故踏み込ませてしまったのか。――それも自明、オレの方も、あいつに、持たなくていい興味を多少なり持ってしまっていたからだ。アストラルの言葉から、オレと似ているという、だがその本質の輝きはまるで違う遊馬に。
***********
「絶対負けんじゃねえぞ、オレはお前と戦いたいんだ!」
オレが勝ち、オレと対戦するということは、その未来が刻一刻と迫っているということ。こいつだって、いくらバカでも、それが分からないわけじゃないだろう。
「……」
だが、それでもまるで構わないと、オレとの戦いを前向きに待ち望むとお前は言うのか。
それほどまでに、オレを慕うか。
(…いいだろう、ならばオレも応えてやる)
「決勝で待っていろ、お前たち」
お前がそのつもりなら、オレも、心底手にしたくない宝玉を手に取る覚悟を決めよう。
その上で、オレもお前との戦いを心から歓迎してやろう。お前の望む、オレの本気のデュエルで。
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無印の話もっと書きたいなー