静寂の慈愛
アストラルがいなくなっても、仲間がいる。落ち込んでる暇はない。
Vとのタッグデュエルで、オレはそのことを確認した。オレを立ち直らせようとして危険に飛び込み、記憶がなくなってもオレを応援してくれたナンバーズクラブの仲間。何も言わずにオレに力を貸してくれ、何も言わなくてもオレの狙いを分かってくれたV。オレが折れてても折れてなくても、敵は構わず襲ってきて、その度に仲間は危険に晒されるんだ。オレの仲間はオレが守らなきゃいけない。
「じゃあまた、遊馬君」
「助けてくれてありがとな!」
「おう、任せとけ!」
「元気出してニャ」
「気をつけてね、遊馬」
みんなで歩いてくハートランドからの帰り道も、一人ずつ減ってって、最終的にはまた一人になる。
「おーし、帰ったらまたデッキを組み直して…」
そうして完全に一人になった時、オレは決意を新たにしようと拳を握り締めて、
「……」
でもそのすぐ後に、手を解いてしまう。こういう時、オレの決意を後押しして頷いてくれたアストラルが今はいない。
みんながいてくれる時は大丈夫でも、一人になると途端に泣きたくなる。帰り道なんかは特に、いちいち気分が沈んでしまう。完全に一人、ってこと、もうずいぶん長いことなかったんだなって思い知る。
「……」
オレは、地面を見てため息をついてる自分に気づいた。あぁ、こんなんじゃダメだ、って分かってんのにな。こんなとこアストラルに見られたら、ぜってぇ怒られる。
(…がんばらねぇと、アストラルのためにも!)
オレは目をつむって、首を振った。こんなに落ち込んだり立ち直ったりしてる場合じゃない。オレはちゃんとがんばるんだって、決めないといけないんだ。
そう思って、オレは目を上げた。まずはまっすぐ帰らないとって。
そうしたら。
目の前の、道の真ん中。
ちょっと薄暗くても分かるくらい、よく知ってる黒い服が立っていた。
「……カイト」
出した声がバカみたいに震えたのが、自分でも分かった。
***********
バリアンの力が強く働いたこと、ナンバーズの力が発動されたことをオービタル7が報告してきた時、オレは遊馬が立ち上がったのだと知った。
アストラルを失ってから、彼はまるで活力を見せなかった。それまで不規則にあったオレへの訪問も当然ながらなくなった。オレにできることはなかった。アストラルが消えるところを、オレ自身目に焼きつけてしまった。遊馬の悲しみも落胆も手に取るように分かる、その分、オレがどうにかできるとは思えなかった。
今回、何らかの事情があって、遊馬は再び戦いに挑まざるを得なくなったのだろう。そして、場の異常が収束したということは、彼がそれをアストラルを失ったまま戦い抜いたということだ。自ら立ち直る決意をしたということだ。
恐らく、彼の心の傷はそんなことで癒えたわけではなく、無理矢理に近いことなのだろう。それでも厳しい道に立ち向かう勇気を奮い出したのだ。
そのことに対して、オレは認めてやりたいと思った。褒めてやろうと思った。オレがどうこうしたところで遊馬の心にどう響くのかは分からない。だが、何の影響も及ぼさないほど無力でもないつもりだった。
「……カイト」
その震えた声を聴いた時、遊馬の心の、決意の切実さを見た気がした。
現実に立ち向かおうとするその決断が、遊馬本来の強く前向きな意志で悲しみを包み込もうとして、薄氷を踏むような危うさを孕んでいるものだと知った。
WDC終幕以来、遊馬はピンチの状況でオレに会うと、気を緩ませることが多かった。それは彼の甘えであり、弱さだと思っていた。オレは、それを正してやるのがオレの役割だと思っていた。
だが、今に限って言えば、オレの役割はその背を押すばかりではないと思った。
オレが黙ったまま手を差し伸べると、遊馬はくしゃりと顔を歪めて、オレの方に真っ直ぐ歩いてきた。
そのまま、止まることなくオレの目と鼻の先まで来て、零れ落ちそうな目でオレを見た後、目を揺らして伏せ、オレの肩に顔を埋める。すぐにじわりと肩が濡れる感覚がある。
「……」
オレは伸ばした手を、そのまま遊馬の後ろ頭に回した。
遊馬は、それを受けて、両腕でオレにしがみつくように抱きついた。
『記憶は過去のものだ。仲間は未来にある』
目的を見失っていたオレにアストラルが言ったことを思い出す。オレがアストラルの姿が見えるようになる前から、遊馬はああいったことをずっとアストラルに言われていただろう。導かれていただろう。細かいやりとりを知る由はないが、遊馬もアストラルも互いを守ろうとし、互いに教え合い、導き合う関係だっただろう。それを――あまりにも大きい、大切なそれを失った彼が、光を取り戻そうとする決意をしたのは、13歳のこの細い肩ひとつには、途方もないことなのかもしれない。
***********
カイトの姿を見た瞬間、必死に取り繕ってたものが壊れる感じがした。
でもその壊れ方って、なんていうか、完全にダメになるって感じじゃなくって、適当に作った壁をもう一度組み直してちゃんとしたやつに直すために一回壊す、ような感じがした。
カイトはそれを許してくれた。オレはカイトの肩の上で声もなく泣き腫らして、カイトはずっと黙ったまま、オレを受け止めてくれた。
安心すればいい。
お前の弱さはオレが強さに変えてやる。
お前の前に立ちはだかり、横に並んで立ち、あるいは後ろから支えて。
お前の状況に合わせて、どんな形でも、オレが示せる一番正しい道を、お前に与えてやる。
カイトは、オレの頭を撫でてはくれなかった。そこまで甘やかしてはくれなかった。それが、すごくカイトらしくって、オレはまたとっても安心しちまって、涙が止まらなかった。
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アストラルに早く帰ってきて欲しい委員会