帰路
※まさかの秋ちゃん視点※
私の所属してるサークルは大学で二番目に大きいサッカーサークルで、私はやっぱりマネージャーをしてる。それなりの大所帯に女子はマネの数人しかいなくて、飲み会では大騒ぎになるのだけど、うちのサークルはサッカーが第一であんまり飲み会も頻繁じゃないし、たまにはそういうのも悪くないかな。まぁ、飲み会のたんびに彼氏いないの何のって聞かれるのは参っちゃうんだけど。
部員はたくさんいるけど、マネやってると練習にちゃんと来る人とは大体全員と絡むことができる。でも特に仲が良くなるのはやっぱり全員ってわけにはいかない。取る授業が一緒のことが多いのは学部が一緒の厚石君で、厚石君とつるんでいることが多い南雲君とも自然と仲良くなった。二人とも、昔エイリア学園だった人達だけど、まさか大学が同じになるなんて思ってなかった。こんなに仲が良くなるとも。人って何が起こるか分からないものだなって思う。
バーンだった頃と、あと韓国代表だった時にしても敵だった時しか見てなかったからそう思ったことはなかったんだけど、南雲君はサッカーが上手くて素直にかっこいいと思えるタイプだった。厚石君もサッカーの時はかっこよくて、でも普段は優しいから付き合いやすいタイプだった。二人とも決まった相手がいるみたいだったから、そういう意味でも楽だった。
ある時偶然昼休みの後の空きコマが重なって、私は南雲君と二人で食堂で1時間半をつぶすことになった。誰かと二人きりってことは滅多にないから、何だか新鮮だった。
「にしてもお前と同じチームになるなんてな…何かやっぱ信じらんねぇな」
お昼ご飯を食べながら、南雲君は不意に溜め息を漏らすように言った。
「私も最初は…でもいい加減だいぶ慣れてきたよ?」
「まぁなぁ」
それから話題はサークルの中のことに移っていった。誰が誰と付き合うことになったとか、誰が誰を狙ってるとか。結局この年頃の集団だし、そういう出来事が一番多いから、話題もある程度そういう方向になる。それにしても、こうして話していると色々な人が結構付き合ったり別れたりしているのに、南雲君や厚石君が新しい人に、ってことは全然ないみたいだった。二人とも結構モテてるし、それを知らないわけでもなさそうなのに、考えてさえいないみたい。今まで相手がどんな人なのか聞いたことなかったけど、こんなにかっこいい二人の気持ちを惹き付けて離さないのはどんな相手なんだろう、って、ふと気になり出した。今日は1時間半も時間があるし、せっかくだから聞いてみようかな。
「南雲君の彼女ってどんな人なの?」
軽い気持ちで振ったその一言で、でも、意外にも南雲君は固まった。それから、私から目を逸らしてしばらく何か考え込むような険しい顔になる。
「????」
私はちょっと冷や汗が出てきた。何か聞いちゃいけなかったかな…。まさか地雷だったとか?もう、だとしたら私ったら凄い無神経な聞き方して!
「ま…いいか…お前ならまぁ信用できっかな…」
南雲君はそんな私の様子を意に介した様子なんてこれっぽっちもなく、そう独り言を言った後、私に向き直った。私は思わず姿勢を正してしまう。
「彼女じゃねぇんだよ」
南雲君は一言、そう言った。
「えっ??どういうこと…」
私は思ったことをそのまま言った。もしかして、不倫とか?それとも相手に別の彼氏がいる?色んなことがいっぺんに頭の中を駆け巡る。
「…女じゃない」
南雲君の答えは、そんな私の考え全てを上回るものだった。
「えっ…えぇええ…?!」
大声を上げてしまわないのが精一杯だった。要するに、ホモっていうこと?えっだって、南雲君は飲み会とかでいつも、好きな女の子のタイプの話とか、結構エグい下ネタにもついてってるのに?だとしたらバイなのかしら?え、でも、まず事態についていけない。
「ちなみに茂人も」
「えぇ…!そうなの…?!」
二重に驚いて、それがある程度でも落ち着いてきた頃には、昼休みが終わろうかってくらいの時間が経っていた。私、驚きすぎかしら。でもそんな、普通、予想できないでしょう?仲良くなった男の子が二人とも男の子と付き合ってるなんて。
「え、その、つまり…彼氏さん?って…厚石君じゃないよね?」
「あぁそりゃ違ぇよ。互いに別々にいる」
「そ、そうか…ごめんね?驚きすぎだよね、私」
「いや、まぁ…普通じゃあねぇししょうがないだろ」
南雲君はそう言って頭を掻いた。私は、やっぱり驚きが落ち着き切らなくて動揺はしてたけど、しながらも相手の人のことが気になってきた。南雲君が男にしか興味ない、っていうんじゃないんだったら、男なのにずっと南雲君を捕まえて離さないその人ってやっぱり凄い人なんじゃないかしら。それにもし南雲君が純正の同性愛者だったとしても、周りに新しい恋人候補がたくさんいることには変わりがないわけで、その中でも南雲君の気持ちを欠片も揺らがせないっていうのはやっぱり凄い。
「どんな人なの?」
「ん」
「その人…男っていうこと以外に」
「……」
もう一度聞いたら、南雲君は黙ったまま目をゆっくり泳がせて、それから溜め息を一つついて言った。
「めちゃくちゃ可愛くない」
何だか、声音からすると本当に好きなのかなってくらい、本気で可愛くないと思ってるみたいだった。じゃあ何がそんなに気に入ってるのかしら?何かそういう強烈に惹き付けるものが絶対あるはずだと思うのだけど。
「ていうか多分お前も顔は知ってると思うんだけどな」
南雲君がそう言ったのがまた予想外で、私は自分でも分かるほど目を丸くした。
「えっ…あの、元エイリアとか?」
「ああ…っていうかもったいつけててもしょうがねぇな。涼野風介…ガゼルだよ」
「あぁああ…」
私は間抜けな声を出してしまった。言われてみたら、エイリアの時だって元々違うチームだったのに合同のチームを組んでいたし、韓国代表の時だって二人で一緒にいたんだから、予想できて然るべきだったのかも。やっぱり頭が回ってなかったんだなぁ。
「そうかぁ…涼野君は、今どうしているの?」
南雲君が奨学金で生活を繋いでるっていうのは本人から聞いたことがあった。でもそれなら涼野君だって同じなはず。お互いに苦しい生活してるんじゃないかしら。大丈夫なのかな。
「工場で働いてる」
「えっ…大学には行かなかったの?」
「……」
南雲君が大学に来ているのだから、涼野君にだってそれは可能だったはず。でも南雲君は苦い顔をして黙ってしまう。え、やだ私、また聞いちゃいけないことを?そう思ったら、南雲君は答えをポツリと呟いた。
「受験の前に…でかい事故に遭って…受験できなかった。右足の4分の1くらい…切って……。浪人する金もなかったから大学は諦めた」
「―――」
私は答えられなかった。そんな大変なことになっていたなんて。あんなにサッカーができる人だったのに、右足を切らなければならなかったなんて、どんなに辛かっただろう。
「足なくて…大丈夫なの…?」
「まぁ俺と一緒に住んでるからな…義足も慣れてきたみたいだし」
最近車の免許も取ってたくらいだしな、と南雲君は言った。義足でも、それくらいなら、と言ったらダメだと思うけど、そういう運動技能には問題がないのね。涼野君が元々運動神経が良かったっていうのももちろんあると思うけど。
「何て…言ったらいいのか…」
「……まぁ、しょうがねぇよ。そんな気にすんなよ」
南雲君は軽く肩をすくめた。そんなこと言われても気にしないわけには、と思いつつ、でも涼野君とのことを聞きたいなら逆に今しかないのかなとも思った。
「その…二人はいつから付き合ってるの?」
「いつ…なぁ…。気付いたらっつー感じだったからなぁ…4、5年くらい?」
「わぁ…多分それ、うちの学年の中で最高記録だよ」
「茂人も似たようなもんじゃねぇかな」
「えっ厚石君もエイリアの中の人なの?」
「おぉ」
「そっかぁ」
エイリア学園が元々は孤児院だったのはだいぶ前に聞いた。多分、私が考えてるより凄く特殊で、プレッシャーが強い環境だったんだろうなって思う。それを共有した経験っていうのは、やっぱり少しのことでは揺らがない絆になるんだろうな。南雲君達の場合事故とかも乗り越えたんだから尚更だろう。
「大事なんだね、涼野君が」
「はぁ?何でそーなる…」
私が言うと、南雲君は一瞬嫌そうな顔をしてそう言いかけたけど、
「…まぁ……何とも思ってなきゃ誰が5年も男なんか抱くかよ」
と、言いにくそうに呟いて、居心地悪そうな顔になった。あれ、何か、こんな顔をしてる南雲君を見るのって初めてかもしれない。あぁ、恋人の話ってさすがに恥ずかしいのかな、南雲君みたいな人でも。
「やだぁ南雲君ったら言い方が直接的ぃ」
「ハッ、カマトトぶってんじゃねぇよ。お前が実はそーいうの平気な奴だってのは分かってんだからな」
そう思って軽口を返したら、軽口が返ってくる。やっぱり南雲君は付き合いやすい人だ。顔を知ったのは早いんだから、もっと早くから仲良くなれたら良かったのになと思う。
***********
そしてそれから何日か経ったある日、突発的にサークルで飲み会があった。とある子ととある子の誕生日が同じで、二人とももうすぐだからフライングで祝おうぜというのだった。急だったからあんまり集まらなかったんだけど、女の子が少なくなっちゃうからっていうんで私は出た。そうしたら私につられて南雲君も出る、と言って、それにつられて厚石君も来ることになった。恋愛とかじゃ全然ないんだけど、つれる程度には二人とも気心知れた仲になってるのよね。他の人には結構不思議がられるんだけど。
飲み会は、人数は集まらなかったんだけど結構盛り上がっちゃって、結構遅くまで、お店も三軒くらいはしごしてしまった。私自身はそんなに飲まなかったんだけど、みんないい感じに酔っ払ってて、飲み過ぎもせず楽しい雰囲気だった。誰かが、木野がいると何かハメ外せない、おふくろに見張られてるみたいなんだもん、とか言うのだった。それはちょっとひどいんじゃないかな、いくら何でもこの歳で母親はないと思うんだけど?
まぁそれで結果的には和やかに時間は過ぎて、いい雰囲気のまま解散になった。私は終電と終バスを乗り継いで帰ろうと思っていたんだけど、バス停から先の自宅までの道がそれなりにあるからどうしようかな、と思ってたところだった。
「おい、これから迎え呼ぶけど乗る?」
南雲君が携帯を片手にそう言って私の肩を叩く。え、悪いしいいよ、って言おうとして、その呼ぶ迎えが涼野君だってことに思い至る。即答しない私に、じゃあ乗ってけよ、と南雲君は決定事項にしてしまった。あああ、と思いつつ、涼野君に興味がないと言えば嘘になる。
「ハハッ、相変わらず強引だなぁ晴矢は」
厚石君が呆れたように笑いながら電話する南雲君を見た。
「でも夜道危ないし君は送ってもらった方がいいかもね、本当に」
「うぅ〜ん…何か申し訳ないけどね…」
「大丈夫だよ、ガゼル様だって女の子を一人で帰すのは嫌がる人だと思うから」
「そうかなぁ」
厚石君はまだガゼル様、って言うんだ。
「何だ茂人、お前も乗ってくか?」
「あ、いや、ううん、それは悪いしいいよ」
南雲君は電話しながら声を張ったけど、厚石君は苦笑いして首を横に振った。え、厚石君もいてくれたら居づらさも減ったんだけどな…。別に一人じゃ嫌ってわけじゃないけど。
結局途中の駅までは三人とも同じ方向で、私達は三人で話しながら電車に乗った。
「晴矢はいいなぁ、夜でも車で出てきてくれて」
「はぁ?ならネッパーに頼めよ」
「あいつは無理だよ、免許取りたてで夜は運転させられない」
その会話で、厚石君の彼氏はネッパーって言われてたあのMFなんだ、って分かっちゃった。
皆で騒いでいるのも楽しいけど、やっぱり何だかこの三人に戻ると落ち着くんだよなぁ。南雲君と厚石君は付き合いも長いからともかく、そこに私が入り込んでるって何なんだろう。それなのに何故か違和感ないって、本当に不思議だ。やっぱり敵でも昔から知ってるっていうのは大きいのかもしれない。
駅に着いたら、厚石君は改札を出たらすぐにじゃあね、と逆方向に行ってしまった。彼の向かった方を見たら、タクシー乗場方面って書いてある。
「えぇえ…厚石君ったらタクシー乗るの…」
「あぁ…まぁいんじゃね。それでいいってんだから」
南雲君は意外なほど淡白なことを言って、駐車場のある方の出口へ歩いていった。私もそれを追いかける。駅回りはやっぱり真っ暗で、乗せてくれるのは正直凄くありがたい。
階段を上がって行ったら、送迎用の駐車場には一台しか止まってなくて、運転席の側のドアの近くに人影が見える。あれが多分、いや絶対、涼野君だ。
「遅くまでご苦労様」
近くまで行ったら、涼野君は私には優しげな笑顔を向けてくれた。ガゼルだった時にも韓国だった時にも見たことがないような顔で、びっくりしてしまう。あれ、涼野君ってこんなきれいな人だっけ。南雲君の抱くかよ発言もあって何か凄くドキドキする。
「お前そんな顔できんのかよ?俺には何もないわけ」
「君のことは知らないよ」
南雲君が文句を言ったら、それには冷たくあしらうような態度だった。何かそっちの方が見慣れた感じがするなぁと思う。
涼野君は、歩いたり何だりの動作は驚くほど不自然さがなかった。けど、チラッと見たら、暗くてよく見えないけど、確かに右足の足首の辺りに少し金属が見えた。
「じゃあ木野さん、後ろの座席でいいかな」
「あ、うんもちろん。ありがとうね」
涼野君はまた私にニッコリ笑って、後ろのドアを開けてくれる。失礼します、と言って乗り込んだら、助手席に当然みたいな顔をして南雲君が乗り込んでる最中だった。
「じゃあ行くよ。木野さん、場所聞いていい?…あぁ、それとも君が知ってるの」
「あぁ、俺らの家よりちょっと北の方」
「ふぅん。じゃあ途中までは一緒かな」
涼野君は私が答える前に南雲君にそう振って、二人は自然と会話してる。それを見てたら、何故か、南雲君は本当に涼野君が大事なんだな、って思った。何か、この二人はこの二人以外にないんだな、って。何でだかは分からないけど。
私が黙ってたら、涼野君の運転で進む車の中で、二人は前で話し始めた。
「ヒートはどうしたんだい」
「駅からタクシー乗ったみたいだぜ」
涼野君も厚石君のことヒートって呼んでるんだ。
「ふぅん?タクシー使うくらいなら乗らなくて良かったのかな」
「まぁいんじゃね?ごちゃごちゃ言ってはいたけど無視した」
「何て?」
「ネッパーは初心者で夜運転できねーからそっちは夜出てきてくれていいなぁみてぇな」
「へぇ」
涼野君は信号で車を止めて、ウィンカーを出しながら一旦言葉を切った。
「大事なネッパーだから夜出てこさせるなんてできなかったんじゃないか」
「あぁ、そうかもな」
「ヒートはね」
そこで涼野君はチラッと南雲君の方に意地悪げな目を向けた。南雲君も、それで涼野君の言いたいことが分かったみたい、しばしの沈黙のあと苦笑いを浮かべる。
「……いやいやいや」
「フン」
いいけどね、と言いながら涼野君は、信号が変わったのに従って人工の右足で発進のアクセルを踏む。
私はそれを聞いて何だか胸がときめくというか、きゅんとしてしまう。何だ、やっぱり凄く仲良いんじゃない。涼野君が言ってる内容は拗ねたようなことなのに、語気とか雰囲気は凄くドライで、きっと自分が南雲君に大事にされてる自信があるから言ってるんだろうな、って思った。南雲君は南雲君で、普段はそんなに口がきれいな方じゃないのに、大事にしてるってことを肯定してるし。この二人はこういう感じでうまくいってるのかなぁ、っていうのが垣間見える。
私の家の目の前まで、涼野君は車をつけてくれた。ありがとね、と言ったら涼野君はまた薄く微笑んで、何もしてない南雲君が偉そうにひらひら手を振ってた。さっきの駐車場ではよく見えなかったけど、今灯りの下で見たら車は暗めの赤だった。南雲君は免許まだ持ってなかった気がするから、この車って涼野君しか使ってないんだよね。それなのに赤。もう、何だかラブラブっぷりが次から次へと見えてきちゃう。なのに本人達が飄々としてるから、嫌味がなくて可愛らしいんだ。
二人の車が見えなくなるまでアパートの玄関先で見送ってから、私は凄く充実した気分で家の中に入った。涼野君に会って、妙にしっくりきたというか納得したというか。南雲君がどんな人か改めて再確認できたような、そんな気持ちだった。
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敬愛するハシコ嬢のお誕生日に差し上げました!妄想過多で大変申し訳なく