目を覚まし、その報せを聞いて、
「シャー、ク……なんでだよ…なんで…」
「遊馬、しっかりして!」
泣きじゃくることもできずに呆然と宙を見て呟く遊馬を見て、
――心底、オレでなくて良かった、と思った。
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何があったのか、全て把握しているわけではない。オレが凌牙とその妹、璃緒と行動を共にしていたのはわずかな時間に過ぎない。
恐らく、遊馬から報告を受けていた海底の迷宮の遺跡。そこでナンバーズを手にして戻ってきたという凌牙は、遊馬が見なかった何かを見たのだろう。
アリトとミザエルの遺跡に残されていたのは、彼らが人間だった頃の記憶だった。
もし、その遺跡で見たものが自らの記憶だと示唆されていたなら、凌牙は自分がバリアンであることをそこで知った、あるいは疑ったのだろう。ならば、それから今までの間、彼はずっと自分の存在について揺るがされていたことになる。
『持っている、と言ったら?』
『遊馬を助けたいだけだ!』
『何勝手に感動してんだよ、そーいうところがウゼェんだよ!』
凌牙がどれだけ遊馬を大切にしていたか、オレは見てきたつもりだった。オレと出会う前に遊馬と対立していたらしい彼が、敵ながらに遊馬に救われたというその恩義を常に果たそうとしてきたことも。そして、その想いを理解することも――それは情けないほどに――できた。遊馬に出会い、惹かれた者が誰しも感じる心だろうと思う。
彼が遺跡で何を見たのか、それがどれほど重いものだったのか、オレには想像することができない。だが、凌牙が――あの凌牙が、その遊馬への想いを捨てることになってもそちらを選ばなければならないものだった、ということだ。
「シャー…」
壊れた機械人形のように凌牙を呼び続ける遊馬の目を、オレは背後から片手で塞いだ。
「カイト…」
小鳥が泣きながら呟いている。誰も何も言わない。言えないのだ。
「……カイ、ト」
遊馬がオレの名を呼んだ。正気に戻ったとは到底思えない、が、それでもオレを一応認識した。
「……」
手袋が、濡れるのが分かる。涙が出るのか。
「泣くな、って…?そうだよな…オレ…なさけねえよ…どうしようカイト…」
遊馬はうわ言のように呟いていた。だめか。だがそれも当然だろう。アストラルを取り戻したばかりの、明るい笑顔であるはずだった遊馬が、それを良かったなと迎えるはずだった凌牙が。オレ自身がまだ信じられないのも薄れるほどの痛ましさだ。まさかこんなことになろうとは。
オレは、目を塞いだ遊馬の頭を引き寄せた。遊馬の頭がオレの体の横に埋まる。
「…カイト……」
小鳥がそれを見て、自分も涙だらけの目を円くする。遊馬も固まっていた。
「……泣ける時に泣いておけ」
「……」
オレはその、まだ高めの熱の塊に、息だけで呟いた。
「いずれ、泣いている場合じゃない時が来る。その時までは好きに泣け」
遊馬は、しばらく絶句していた。
それから、オレの体に目を押しつけ縋りついて、声も立てずに泣いていた。
自分が裏切ることが遊馬を泣かせることだということも、凌牙は理解していたはずだ。それが凌牙にとっても痛ましいことではなかったのか。――いや、そのはずだ。神代凌牙の記憶と心を持つ存在である限り、何を取り戻そうと、それが揺らぐことはないだろう。
凌牙がそのどちらも捨てられない選択をせざるを得ず、結果遊馬を敵に回す決心をした時、その苦痛はどれほどだっただろうか。考えてみようと試みるだけで頭が割れそうだ。オレはずっと遊馬の敵だった。こいつを敵に回すことがどれだけ痛いことか知っている。
恐らく凌牙は、自分が痛いだけではなく、遊馬を傷めることに対する痛みをも甘受する覚悟で遊馬の前に立っただろう。それを正面からすべて受けて、バリアン世界へ戻って行ったのだろう。
(……もし、そうなら)
オレはその覚悟に敬意を表さなければならない。
オレにはできないだろう、再び遊馬の前に立ちはだかる決意が。オレには受け止めきれないだろう、自身によって傷ついた遊馬の痛みを。
「……」
それができないオレが、凌牙に応える方法はただ一つだ。
その覚悟を尊重し、望み通り正面から、命を懸けて戦おう。正統なオレの全力で迎え撃ち、是が非でもこの手で引導を渡してやろう。どんなに今の凌牙が手にした力が強くても、オレは決して敗れない。オレが凌牙に止めを刺してやるまでは。あるいは、勝利がすべてを解決し、遊馬が彼を許すまでは。
「うう…っ…シャークぅ…」
(……だが、もしそうでないなら)
オレはその想像に、自分の目に静かな怒りが灯るのを感じた。
もし、さしたる覚悟もせず、生半可な気分でバリアンを受け入れて、遊馬をこれほどまでに傷つけようと言うのなら。
(オレは貴様に、決して容赦しない)
たとえ戦った結果オレが敗れ、その絶大な力でオレを屈服させたのだとしても、髪の毛の最後の一本まで力尽きない限り、オレは全力で貴様を引き裂いてやる。どんな姑息で卑怯な手でも使おう。凌牙の魂が腐りきっているのなら、それを握りつぶすためなら、オレは再び悪魔になろう。
もしそうなら、たとえ遊馬が許しても、オレが絶対に許さない。必ず死の先まで追い詰めて、狩り尽くしてやる。
それがオレの、オレなりの、貴様への愛だ、凌牙。
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花言葉は覚悟