Sheltery voice
「やるさ、お前は」
何たるお人好し。てか、バカなんじゃないの?これだけ色々やってやったのに。
けど、殴られるより罵られるより、なんというか、腹に響くような感じがした。
何なのその声。意味わかんない。
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吉良瞳子さん――俺の、今の保護者に当たる人――にそう言われて、雷門に転入してからは、日々の生活が物凄く目まぐるしくなった。
せっかく公立の中学に入ったとこだったのに、金のかかる私立の雷門にわざわざ行けと言うのだから、よっぽどのことがあるんだろうと思ったら、何のことはない、サッカーの超名門なのだった。それならと思ってサッカー部に入る。今までやってたことがチームの中でも凄いっていうことを実証できるいいチャンスだ。
同じ1年の奴らは下手くそだけどやたら明るい――というか、あ・軽い二人と、逆にやたら上手いけど妙にすかしたのが一人。あと2年と3年がわらわら。
その2年の中に、口うるさそーで先輩風吹かす女みたいなのがいた。カチンと来て、ちょっと痛い目見せてやろうと思って遊んでたら、時期的に何かシード?に疑われたりして、後戻りできなくなって――まぁしなくて全然良かったんだけど――どんどんエスカレートしてって、結構立場悪くして試合から追い出すまでやったのに、何とその女みたいな先輩は飄々と試合に戻ってきて俺に指示した挙げ句、こう言ったのだ。
「やるさ、お前は」
何なの?って思った。今までの流れからして、そこで俺に任せるって何なの?と。でもその先輩のキレーな顔が、あんまりにも動じてなくて、カケラも俺が言うこと聞かないことを想定してないんだ。そんな顔、俺は誰の顔でも今まで見たことなかった。
なるほど、この先輩どうやら変な奴だと思ったら、どうも変なのはその先輩だけじゃないみたいだった。あ・軽い同級の二人とか、どの先輩も割とそうだったし、一見すかした元シードのもう一人さえそのキライがあった。更に、新しく来る奴もみんなそう。ここはどうやらそういう奴の集団なのだった。
けど、それにしてもあれだけ色々やった上で、ってのはその2年、霧野先輩だけだった。どういう思考回路してんだろうあの人、特別変な奴なんじゃないだろうか。1年の奴らとつるむのも悪くないし俺もまぁまぁ溶け込んできて、それから特につっかかるような真似はしなくなったけど、どことなく引っかかるみたいのは残った。それは多分、向こうもそうなんだろうな、みたいな視線を感じることも多かった(まぁ向こうはそりゃそうか)。
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ある日練習のあと、そういうモヤモヤもあり頭がすっきりしなくて、何となくまだ帰りたいカンジがしなかった。あの施設、おひさま園、悪いとこじゃないし大人もみんないい人だけど、いると何か疲れる。こんなモヤモヤのままで、またすり減る気分を味わいたくなかった。
公園に寄って手持ちのボールでリフティングと壁打ち。別にあんな風にチーム全体で一つの仲間だーみたいにならなくったって、サッカーってのは一人でもできることは尽きなくて、どこまでやっても終わりなんかないんだ。
でもこうして自分がうまくなって強くなってって、その先には何があるんだろう?今までだったらチームの中で突出してれば良かったけど、チーム自体が負けちゃ意味がない、この力がチームの勝ちに繋がらないと何にもならない世界だ。
やってる間に雨が降ってきた。けど何となく気にならなくてリフティングを続けた。雨は本降りになってきて、割と容赦なくバンバン濡れていく。
何のためにこれだけやってるんだろうな、そう改めて思うと特に思いつかなくて、何だか笑いたくなってくる。こんなずぶ濡れで帰ったらまた心配されるんだろうなぁ、面倒だなぁ。でも何となく、何かの役に立ちたい、そんな今までだったら絶対思わなかったようなめんどくさい衝動みたいのが、腹の底からじわじわ、一体何なのコレ。何の役に立ちたいの、俺は。
「あ、と」
そう思ってたら、雨で足元が滑ってボールが公園の外に転がっていった。あ、やべ、と思ったら、
「――…」
こんな気分の、こんなこと考えてる時ちょうどそのピンク頭が目に入るなんて。
「…霧野センパイ?」
「狩屋…」
俺のボールがその人の足元に止まった。先輩の方も、まぁ当然のような気もするけど、驚いて固まってた。
俺が何ともできずにぼーっと見てたら、霧野先輩がボールを拾ってこっちに歩いてきた。先輩の傘だって全然大きくなくて一人分でも足りてないくらいの傘なのに、それを差しかけてくる。何してんだろう、センパイ濡れちゃうよ?って言いたかったのに、傘に入って雨がちょっと凌げて、人の体温が間近になると体が反射的に身震いして、何も言えなかった。
「お前、何してるんだ!風邪引くぞ!」
それを見て先輩の方も急に我に返ったみたいにそう言って、わざわざカバンからタオルみたいなのまで取り出した。あれ、おかしいな、これ、おひさま園に帰った時に言われたら面倒だなぁと思ってたことなのに、何かそんなカンジがしない。
先輩はそれからもしばらく何かお小言みたいなことずっと言ってたけど、俺はその違和感の方が気にかかっていた。
「狩屋、聞いてるのか?」
先輩が聞いてないと思ったのか肩を掴んでくる。それで仕方なく先輩の顔を見たら、おひさま園の大人とは同じようで違う、心配の色が浮かんでいた。
だってこの人には、本当に俺を心配しなきゃいけない理由も責任もない。
それなのに、あそこまでしたのに、こんな。
「…センパイ、優しっすね」
「……」
「前から思ってたけどさ」
俺はそう呟いてた。言ってから自分で納得する、そう、優しいんだよなこの人。俺の理解の程度を越えるほどに。
「…とにかくもう帰るぞ、送っていくから」
霧野先輩は何だか困惑したような声をしてた。アレ、何だろ、何も言ってないのに何か伝わっちゃったのかな。
そしたら、もしかしたら、言わなくても、言ってみたら伝わるのかな。
「ねぇセンパイ、俺帰りたくないな」
俺は、その手を掴んで、そう言ってみた。
先輩は、しばらく黙って俺を凝視していた。
あぁ何となく、きっと分かってくれちゃったんだなぁと思った。
「……狩屋、雷門は、サッカー部は楽しいか?」
極めつけに、返ってきたのがこの質問。
あぁどうして分かってくれちゃうんだろうなぁ、分かってくれちゃえばくれちゃうほどこの人にとっては大変なのに。こんなお荷物、背負わない方がいいのにさ。
「…何ソレ、意味わかんない」
そう言ってやったら、何だか分かんないけどそのキレーな顔が嬉しそうに微笑んだ。
あーぁ、ほんとに、意味わかんないよ、あんた。
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