私は頬杖をついて目の前で繰り広げられる、ある種暴力的な光景――それも何度目か知れない光景をぼんやり眺めていた。
レストランのテーブルの真ん中に聳え立つ山のようなものは、頬杖をついて座っているその私の、ちょうど目の高さくらいまである。その手前側に私、奥側に赤い髪の男が座っていて、赤い男はその背の高いグラスの底まで届くために長さのあるスプーンを右手で持っていて、その山を突き崩しては口へ運ぶ。山は色鮮やかで繊細な装飾がきらびやかに施されているのに、それが男の手で無残に崩されていく様は何とも言えないものだ。
だって糖分ねーと頭働かないだろ。この男は悪びれもしないでそう言って憚らず、二人で何か食べに来るたびに尋常じゃない大きさのパフェやらアイスケーキやらクリームタルトやらを消費する。けれど、明らかに頭を回すのに必要な分の摂取量はオーバーしているように私には思える。
まぁ一緒に暮らし始めた頃から、遊園地とかに遊びに行った時、人並みにご当地アイスや菓子の買い食いをしてるのはもともと普通にしていた。へぇ甘いの苦手とか言うと思ったのにな、と意外に思ったものだった。
最初にそれが異常なほどだと知ったのは、同居を始めて半年くらい経った後、私と喧嘩してイライラした時に氷砂糖を噛んでたのを目撃した時だった。電気もろくにつけない暗がりでガリガリ音を立てながら奥歯で砂糖を砕いていくその姿に思わず、何だあれ、これからはあまり晴矢を怒らせないようにしないと、と思ったものだった。
一緒に暮らしていながらなかなか気づかなかったのは、食べる時にはこれだけ食べるくせに、間食で菓子をつまむということ自体はあまりしない奴だったからだ。常に菓子を手放さないというわけではなく、なければないで済ませることもできるのだ。それなのに食べる時にはこれだ。一体どうなっているんだろうと思うが、まぁ頻度が多くなければ体を壊すことはあるまい、ある程度は好きにさせてやろうと思っている。
「……」
あぁそう言えば昔おひさま園にも来る前にいたところでビートルズ好きなおじさんが聴いてた曲にこんなのあったな、creme, tanjerine, なんとか、a ginger sling with a pineapple heart,なんとかなんとか、とにかく甘いものを列挙して、でもsavoy truffleのあとじゃ何も受けつけないよ、と言ってるだけの歌。晴矢が今目の前でパフェを平らげていくのを見ていると、その列挙されたもの全部食べろと言っても平気でやってのけそうだ。私は子供心に、その歌の何とも言えないメロディーラインと、おじさんが教えてくれた歌詞に登場する他のデザートのきらびやかさに感心していたのだけど、そう言えば結局savoy truffleが何なのかは明かされずじまいだった。
私は最近スマートフォンに換えたばかりの携帯を取り出して、その意味を検索にかけた。晴矢はテーブルの向こうから怪訝な目を向けてきたけど、食べ終わってはいなかったので身を乗り出してはこなかった。スペルに自信はなかったのだけど、意外にも合っていたようで、表示された検索結果はほとんどビートルズの情報と共にあった。どうもsavoyはフランスの地名のようで、じゃあtruffleはトリュフか何かかな。これだけ甘味尽くしな歌の、でもこのあとじゃ何も食べれなくなるほどの美味、というのだからチョコレートの方のトリュフだと思う。どんな極上のチョコレートなんだ、そう思って更に情報を突き詰めていったら、そのトリュフ、何とチョコレートじゃなくて珍味の方の、キノコのトリュフのことらしい。え、そうなるとこの歌、ホント頭おかしいな。トリュフってヤクの隠語か何かなのか?キノコのトリュフを実際に食べたことはないけど、珍味と言うからには癖があるはずで、そう甘党じゃない私にとってさえハート型のパイナップルや冷たいチェリー・クリームが霞むほどの味だなんて到底思えない。
「何だよ」
「ねえこの歌知ってる?知らないと思うけど」
求められるままに携帯の画面を見せると、晴矢はそれを覗き見ながら、クリームがたっぷり乗った白桃を長いスプーンの上に乗せて私の口元へずいと押しやった。促されるままに口を開ければ押し込まれる。あ、美味しい。晴矢が私に寄越す時は物凄いハズレだった時か合格ラインに乗った時だけど、今回は後者だ。贅沢な舌をしてるんだよな、こいつは。よく私が作ることもある食事を黙って食べてるものだ。
「……知らねーな」
「まぁ古い歌だしな。私たちだったら親の世代より前だろうから」
晴矢が眉をしかめてそう言って、私は白桃を飲み込みながら携帯を引っ込める。白桃は喉越しも冷たくてとても美味しかった。
クリームがついた唇の横を舐めたら、晴矢がもう一口、今度は黄桃を私の口の前にぶら下げた。
私は悪戯心にその黄桃に唇を寄せて、晴矢には到底向けてやらないような愛しげな笑みを形作って、音を立ててキスをした。晴矢は何も言わないし、スプーンも動かない。見たら憎たらしそうな笑顔を浮かべていたけど、でも晴矢が私に向ける笑顔なんていつも憎たらしそうだから普段通りだった。それから口を開けてぱくりと黄桃をいただく。あ、うん、これも美味しい。
「…やっぱ珍味だよな」
しばしの間の後、晴矢が呟くように言った。
最初何のことを言ってるのか分からなくて思わず眉を寄せたけど、やや遅れてその主語を理解する。
あぁそれならあの歌も納得できるなんて思う。
「せいぜい夢中になりたまえ」
「言ってろ」
アップルタルトやココナッツファッジ、豪華なコーヒーデザートの夢のような味じゃなくても、悔しいけど幸せなんだからしょうがない。
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一週間以上遅れて誕生日プレゼントとして黒革準様に差し上げました。贈り物なのに誰得ネタなのはいつものことです