薄紅の冷気


冬が強くて三月が冷えると、一番分かりやすい『春』が遅れる。
ニュースとかではそれを春の指標として使うし、誰もがそう思っていて、だから前線なんて名前までついてるわけだが、実際のところ、それは冬の指標だ。その冬がどれだけ厳しかったか、緩かったかを、日付ベースで物語ってくれる。

そういう意味でかどうか知らないが、目の前のこの冬の権化みたいな銀髪碧眼の男は、妙に桜と合う。

元々、冷気を背負ったチームを率いて、イメージと言えばバリバリの青だった割に、こいつは何を着ても特に違和感はなかった。それこそ、対極の赤だった韓国のユニホームを着てても。赤は逆に俺のイメージだろうけど、それで別に俺の色になったとかいう印象もなく、まるで初めから赤を身に着けてたみたいにするりと着こなすのは驚いた。
だから、その赤よりは全然色の薄い紅しかない桜が、こいつと相反さないのはまぁ当然でもあった。
今がちょうどその盛りで、風が吹くたんびに、小さくて切れ込みの花びらが舞い狂う。その光景は何となく鳩尾の辺りを締めつけられるような気分がして、はるか昔から歌とかにもよく登場してる。あぁ俺にも日本人の血が流れてたんだなぁと思う。
でも目の前のこの男と桜が合うのは、どうしてなんだか。一見何の関連もない。こいつにも日本人の血が流れてたってことなのかもしれないけど、明らかに俺とか他の日本人より合うのだ。その妙な一致に、若干寒気がするのはまだ春が訪れきってないってことにしたいんだけど。

「私と桜が似合うと思っただろう」

と思ったら、別にそんな話してないのに、いきなり彼が振り返ってそう言ったので、俺は反応できなかった。

「今まで黙っていて悪かったんだが、実は私、桜の精気を吸って生きる精霊だからね」
続けて全く脈絡なく奇想天外のことを言い出したので、俺は逆に我に返ったような感じがした。
「じゃあ夏秋冬死ねよ」
「ふむ、もっともだ」
そう言ってやったら、論破されたというのにこいつはどこか満足そうで、桜の精霊じゃないにしても変な奴だ。

***********

その年の桜は遅れていた。冬も寒かったし、一応桜が咲いて、春を感じられるようになっても、花見するには肌寒いとか、急に天気がおかしくなるとかいうことが多かった。天気予報の言うには、上空の寒気が元気で、地面との気温差で天気が不安定になりやすいらしい。まぁどこまでホントかは知らないけど。
涼野と桜の精霊が云々という話をして、2日経つか経たないかという時に、その寒気の悪戯で雹が降った。
大きさはそれほどでもなかったんだけど、雪でもなく、氷のまま粒が空から落ちてきて、速いペースで窓を叩いてくるってのはなかなかに世界の終わりっぽい感じがする。
俺はその時部屋にいて、あー外にいなくてラッキー、って思ってしばらくゴロゴロしてたんだけど、こんな雹降ったらこの前まで満開だった桜が全部やられんじゃないかなぁ、もったいねぇななんてふと思った。

『実は私、桜の精気を吸って生きる精霊だから』

「……」

どうしてその、軽い冗談の言葉を思い出した時に、背筋がゾッとしたのか分からなかった。
けど、そのどうしようもない悪寒にじっとしてられなくなって、俺は反射的に、降りしきる雹の中、愚かにも部屋を出て走り出したのだった。


桜の精霊、という言葉を信じたわけではない。涼野が死ぬかもしれない、と思ったわけでもない。
けど、この雹が、どういうわけかあいつと関係あるような気は、確かにしていたのだった。
走ってくと、氷粒が体を叩くのが痛いことはなかったが、散って地面に落ち、濡れた桜の花びらが、その白い氷粒に覆われて見えなくなっていって、踏むたび控えめなクラッシュ音がする。間に合うか、でも何に?何の確信も持てないまま、白い地面を蹴り続けてしばらく走った時、

「……」

川沿いのそこそこ大きな桜の木の下に、探してた本人が佇んでいるのを見つけて、俺は足を止めた。
止めざるを、得なかったというか。

まだ結構距離があったのにそいつはハッと俺の方へ振り返った。

「…君…何で来たの」
「……何となく…」
「……」
「……お前、」

それ以上の言葉が出てこなかった。涼野も何も言わなかった。

一見、特におかしいところがある、っていうわけではない。いつも通りの涼野の姿だ。
けど、よくよく見てると、分かる。
桜の花びらをすり抜けて、時折涼野の体目指して落ちる雹が、涼野の体に当たるとスッと消えるのだ。
消える、というより、溶け込む。
まるでもといた場所に帰っていくかのように。

「……」

涼野風介は、桜の精霊ではなかった。けど、やっぱり人間でもなかったんだ。
冗談でも何でもなく、本当に冷気を支配する奴だったというわけだ。
多分、昔話とかで雪女と言われてる奴と同じような存在だったということなんだろう。
だから、見た目の色なんかに左右されるわけがない。赤を纏ってようが、真っ赤な俺の隣にいようが、桜の花びらに撒かれていようが、その根幹が揺るがされるわけがないのだ。

「気持ち悪いと思うか?」
涼野がそう言ったら、何故か雹の勢いが強くなった。

あぁなるほど、この雹は、涼野の涙か。そう考えると、何だか妙にしっくり来た。

今までもこういうことあったんだろうな。こいつの力?がどれくらいのもんかなんかさっぱり知らないけど、雪が降ったら生き生きしているように見えたのは気のせいじゃなかったってことだ。こういう風に、天気が急に、局所的に冷たい方向に変わることとも、多分、関係あるということなんだ。

何に嘆いて雹を落とすほど泣くのか。
――考えるまでもない、俺との種族の差をこいつは泣いている。
俺を見る涼野の目を見れば、それ以外にあり得ないことが分かる。

俺は白い粒を踏み壊しながら、涼野の方へ歩いた。
人間じゃないのに人間と同じように無力な自分の存在を嘆いている、人間と何ら変わらない銀髪碧眼の男のところへ。

(バァーカ、そんなん気にするわけねーだろ)

惚れた弱みというのは恐ろしいもんだ。性別越えてんだから今更。



エヌタさんへ Happy Birthday*2011.11.30

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エヌタ様にお誕生日プレゼントであります!また半年の遅刻でしかも意味分からない話でしてもう埋まろう…_(:3」∠)_