プライド
!ガゼルが女になってしまったとかいう頭のおかしい話です。閲覧注意!
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俺が出て行くと、ガゼルはちょっと眉を寄せたあと、体を起こして足を閉じた。
硬くてつるつるした床の、ガゼルの尻が通った跡に、白濁と鮮紅が混じったものが筋を引いていた。
ヤってる間はあんまりにもよくて、一回じゃ足りないと思ってたところだったんだけど、それを見たら何とも言えなくなった。女の体って、こんなに血が出るもんなのか。こんなに脆いもんなのか。元々腕力ではどっちが上かなんて分からない、完全に互角かひょっとしたらガゼルの方が上だったかもしれないのに、今のこいつは俺に勝てない。俺が本気になったらどう足掻いても跳ね返せないんだ。
ガゼルを見たら、怪訝な顔で見返してきた。
「何?」
「…いや」
こいつは女になってからもずっと強気だったし今もそうだけど、ほんとは普通の女以上に不安なんじゃないだろうか。女は血を見慣れてるとか言うけど、こいつに関してはそれもない。ほんとは、今誰より心細いんじゃないだろうか。
なのに、それを誰にも見せない。誰にも頼ろうとしない。誰の手も借りようとしない。
今だって、こいつの表情とか態度からは、欠片もその心細さや恐怖は、見えてこない。あるとしたら、俺が力任せで体を開こうとした時だけだ。それだって今は引っ込んでる。
それなのに何なんだ、このアンバランス感は?
せっかくガゼルの女をモノにしたのに、何でこんな重苦しい気分にならなきゃいけないんだろう。
俺は立ち上がって、その辺にあったティッシュを汚れた床に落とし、足でそれを拭いた。
ガゼルは全く理解できないといった体の顔で、俺を見上げていた。
俺はそれを見返してはやれなかった。ただ、床の汚れを足で拭いていた。
**********
それから毎晩、俺はガゼルを抱きに来た。まさに毎晩、欠かすことなく、思うさままさぐり、揺さぶり、喘がせた。回数を重ねるごとに体は慣れて、痛そうな素振りも血も少なくなっていった。毎回、俺もガゼルも夢中になって、思う存分獣になる。そりゃあ男同士で無理矢理ヤるより男と女の方がそういう風にできてんだからヤりやすいに決まってるし、快感だって今の方が生き物として間違ってない感じもする。
けど、それ以上に何かが決定的に間違ってる気がした。
初めてヤった時と同じ、拭えない淀んだ空気があった。
それに目を瞑って、目の前の快感を追いかけて没頭するんだけど、終わるとどうしても二回目に移る感じにはならなかった。
相変わらずガゼルは強気というか、誰かに頼る感じなんか欠片も見せない、こいつが元々男なんじゃなかったら女としては最高に可愛くないパターンの態度を崩しはしなかった。けど回数を重ねるごとに、諦めみたいなのが目立つようにもなってきた。たとえば、俺が暴力まがいのことをして腕ずくで押さえつけると、黙ってされるがままになった。今は力で俺に敵わない、それを悟ってからのこいつは抵抗らしい抵抗もしようとしないのだった。男だった時からたまにどっか諦めたような素振りが出ることはある奴だったけど、フィジカルで返ってこないなんて元々のこいつからしたら考えられないことだ。何度も言うが、こいつが当然感じてるだろう不安を口にしたり女々しくなったりは全然してない。にもかかわらず、そういうちょっとした違いみたいなのが見えると、ザラッとした違和感が押し寄せる。ヤってる間はこんなにイイのに、その違和感がだんだん膨れ上がって、しまいには快感だけじゃ塗り潰せなくなるのだった。
「ちょっと付き合えよ」
俺はある夜、ボールを持ってガゼルの部屋に行った。ガゼルは一瞬、らしくもないきょとんとした顔をした。
「いいけど練習になるのか」
「いいから来いっての」
俺もガゼルもルームウェアのまま、ただボールを持って、セカンドの修練場に下りた。ここはガゼルが女になった後初めて俺がこいつに迫った場所だ。あの時はでかい胸に興奮してて、こんな気分でまたここに二人で来るなんて思っちゃいなかった。いや今だっていいカラダだと思うのは変わらない。変わらないんだけど。
俺はそう離れてない場所から、予告なくガゼルにパスを出した。パスと言っても緩い勢いだったんで、ガゼルは少し意表を衝かれたような顔をしたけど難なく止めた。そのまま似たような勢いのボールを返してくる。返ってきたのを今度は少し強めに蹴ると、返ってくるのもやっぱり同じくらい強めになった。けどそういうパスが何往復しても、俺の出したのより強いボールが返ってくることはなかった。俺に合わせようとするような、どういうつもりなのか窺うような雰囲気が、ボールからも本人からも沸いて出てる。
「………」
俺はイラッとした。こんなとこでも顔を出してくるその違和感に、これ以上我慢がならなかった。女じゃないくせに、ガゼルのくせに、マスターランクキャプテンのくせに、誰にも頼ろうとはしないくせに、こんなとこでだけマジで女みたいな真似するんじゃねえよ。
「アトミックフレア!」
「!?」
何の前振りもなく、俺は必殺技を食らわすには至近距離から、真っ直ぐにガゼル向かって打ち込んだ。とっさにガゼルは左足を出して受けたようだった。凄い音がしてガゼルの靴と火をまとったボールが激突する。
「ぐあっ!」
しばらくは踏ん張ってたガゼルだったけど、この距離でアトミックフレアを受けて片足一本で踏みとどまるなんて男でも並大抵の奴じゃできない。ボールに吹き飛ばされて倒れるのにそう時間はかからなかった。
「いきなり何だ」
「……」
並大抵の奴じゃできない、けど、こいつはその数少ないうちの一人だったはずだった。
ボールがどっかその辺に当たって俺の足元に跳ね返ってくる。倒れてるガゼルが上半身を起こそうとするところに、俺はまた蹴りこんだ。ボールはガゼルの喉元に当たって、ガゼルは咳き込む。そこにもう一度ボールを蹴りつける。そのうちボールがどっか飛んでって跳ね返ってこなくなったけど、それでも足りなくて直接ガゼルを蹴った。ガゼルは何も言わず、腕で体を庇う。俺はただただ苛立つのに任せて、その腕に足を繰り返し食い込ませた。
ガゼルがきつく閉じてた目を開いたのが見えた。そのまま、腕の隙間から俺を睨み上げてくる。相変わらず、抵抗はしないくせに、決して折れようとしないのだった。
俺はその腕を掴んで開かせた。ガゼルの顔が目の前に現れる。
こいつの中の中途半端な女。心細いに決まってるのに頼ってこようとはしない、けど今まで通りの顔を保つこともできずにいる、その元凶。それが、自分のこと以上に、急に憎くて仕方なくなる。
俺はついにつかえてたものを吐き出すみたいに叫んだ。
「なんで女になんかなったんだよ!」
ガゼルは少し目を丸くした。蹴りつけられてた割にガゼルはピンピンしてて、俺の方が息が荒かった。
「…君は、喜んでたんじゃないのか…私が女になって」
「……」
俺は何とも答えられなかった。喜んでなかったわけじゃない。こいつが俺好みの女の体で、でも手加減なしで思う存分ヤれるのは、愉しかった、確かに。
けど、違う。こんなに葛藤に苦しんで、結果として簡単に俺に屈するようになった、今みたいなこいつが欲しかったわけじゃない。
ガゼルが馬鹿げた、と言いながらも絶対に捨てない、プライド。
男だった時にはもっと強烈に光って、俺を熱くさせたはずだ。
女になって弱ってそれが薄れてしまうくらいなら、セックスなんか多少やりにくたっていい。胸なんかなくたっていい。元のこいつのスペックで、やり合うあの刺激が欲しいんだ。
見たら、ガゼルは腕を俺に掴まれたままびっくりするくらい静かな目で俺を見てた。あぁこいつも多分同じことを考えてる。俺に『女』を否定されるのを待っている。それが何となく分かった。
「…戻れよ」
俺は、絞り出すようにその言葉を言った。
「……」
ガゼルはしばらく黙っていた。それから、あの時、ウルビダを見送って微笑んでた時と同じような、『女』の顔で笑った。今まで俺には絶対に見せようとしなかった顔だった。
「いいよ」
その顔のまま、
「その代わり、最後に愛してよ」
そう囁いたガゼルの声は、気のせいじゃなく、震えていた。
***********
どうして女になったのか、私はずっと考えていた。
あんなに大きなエイリア石がすぐ近くにあるんだ、何が起こったっておかしくないけど、それにしてもどうしてわざわざ私が女になったのか。
そして思ったことは、バーンが強くそう願っていたんじゃないだろうか、ということだった。元々女好きなのだから、私を抱きながら、私が女だったら、と、そう思わなかったなんてことあるだろうか。
そして私も、少しも思わなかっただろうか。自分の体がこいつ好みの女だったら、楽だったんじゃないかと。
それが原因かどうかなんて、もちろん誰にも分からない。けれど実際に私は、実にバーン好みの女の体になったのだ。
でもそうやっていざなってみたら、女の体は心を引きずっていった。
自分で思っていた以上に、どんどん心が弱っていくのをごまかしきれなくなっていった。
バーンが嫌がった違和感、体を重ねるたび膨らんでいくそれを、私も感じていたのだ。
そして何より、ずっと愛されていたくなってしまった。
男だった時にはそんなこと、思ったこともなかったのに。
これ以上引きずられていったら、私はきっと元に戻れなくなる。重ねた肌の安らぎばかり、追いかけてしまう。ライバルだからこそ惹かれ合うはずのこいつに、甘えてしまう。
心まで染まる前に、私の『女』を殺してしまわなければならない。バーンに言われる前から、私もそう考えていた。
そして、願えるなら、バーンに殺して欲しいとも、思っていた。
それも、女ゆえの甘苦しい考えだったのだろうか。
最初に私を襲おうとした修練場の芝の上で、バーンは私にキスをした。
今まで奪い合うキスしかしたことなかったのに、私の注文通り、愛を与え合うような交わりだった。
どうして流れるのか分からない涙が一筋、私の目からこぼれていった。
***********
半ば予想通り、翌朝目を覚ますと、私の体は男に戻っていた。
いや、戻っただけじゃない。
女だった間に鍛えてつけた分の筋力、それが元の体にプラスされていることが分かった。
動かしてみるまでもない。この一、二週間のハンディの代わりに、私は元のガゼル以上の力を得たのだ。サッカーで使ってみるのが楽しみだ。
隣で眠っていたバーンが目を覚ます。
私の体を一通り見ると、同じことに気付いただろう彼は、私を見上げてニヤと笑った。
「そうこねえとな」
私も笑い返す。もちろん、もとの顔で。
「首を洗ってろ」
楽しいことになりそうだ。そう思える朝だった。
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