November has come



あっやべえ、間に合わないかも。
何で今日に限って死ぬほどキツイ残業来るかな。
これだから月末は困るってんだよ。
終電を降りて時計を見る。23時40分。家まで歩いて30分。全力で走れば多分間に合うはずだ。

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俺たちには誕生日がない。
普通の恋人同士が経験する記念日より、二回、毎年少ない。
まぁ何年付き合っても一緒に住むようになっても、恋人、って言葉には何か違和感があるくらい可愛くない奴だし、そもそも男だし。そんで俺もあいつも行事や記念日を細かくやるような几帳面さも可愛らしさも皆無だから、結構すっ飛ばしたり何だりもする。けど、何となく毎年、この行事だけは飛ばしてなかった。

”trick or treat?”

あまりにも有名になったこのフレーズ、でも元々日本のもんじゃないことは横文字で明らかだ。多分昔施設でも似たようなことしてたんだろうな、だから日本の休日でもないのに俺たちに定着してるってのもあるかもしれない。

ひどい話だよね、とあいつが笑って言ってたことがあった。
「何が?」
「二者択一を迫っているようでその実選択肢は一つしかないだろう?まるでいつかを思い出すじゃないか」
「……」
こいつがそんなこと口に出して言えるようになったこと自体、俺には驚きだった。
けどその声とか仕草とかが全然、少しの揺らぎもブレもなく、ああこいつも強くなったんだなぁと思った。
その証拠に、そんなこと言ってるくせして、こいつが俺とのハロウィンを忘れたことや飛ばしたことはないし、真っ直ぐ俺を見てる青い目も、幸せそうに笑うんだ。
俺はこいつで強くなれたけど、こいつも俺で強くなってんだなぁと思うと嬉しくなった。


23時55分、何とか家が見えてきた。共同廊下の階段を段飛ばしで駆け上がって、夜中足音がするのも構わず全力で扉の前まで走る。あぁマジでギリギリ、10月最後の日に、必ず家で待ってくれてるあいつに、必ず言う言葉。
「trick or treat!」
ドアを開けるのとほぼ同時に、かれた声を張る。もつれる足で部屋に駆け込んだら、風介は部屋の真ん中に座って俺の方を見てた。
「You're so late that I think I was forgotten」
これでもかってほどの無表情に、合ってんのか合ってないのかはともかくやたら流暢な英語。うわぁマジ怒ってんじゃねえのこれ。
「悪い、ほんと待たせた」
「……いいよ、君が急いでるのだって分かってたから」
風介はそう言って立ち上がると、キッチンの方へスタスタ歩いていった。
「……」
あぁ、何にも言わずにこんなに遅くっても用意しててくれたんだなぁ。思わず泣きそうになる。

元々ハロウィンは何となくやってたけど、俺が甘味好きだと知ってから、風介は毎年必ず何かのスイーツを作ってくれてるようになった。
それまでは適当に両方トリックオアトリートォなんて言ってその辺の菓子食ってるだけだったのが、知ってからは腕によりをかけての特別なデザートを用意してくれる。それも何日も前からじゃなくて、その日のうちに準備を始めて、何が出てくるのか俺には絶対分からないように――それこそ、まるで俺の誕生日みたいに。だからtrick or treatを言うのは絶対に俺だったし、菓子を出すのは絶対に風介だった。
「かくいう私も今日は残業で大したものは作れなかったけどね」
そう言いながらキッチンから戻ってきた風介の手には、銀色のパウンドケーキ型があった。けどその中身はケーキじゃなくて、ビスケットを砕いたクランチとマシュマロをチョコで固めたのを切り分けた、チョコタルトみたいなものがあった。
「本当はバーにするつもりだったんだけどテンパリングする時間がなかったからガナッシュにしちゃったよ」
でもこれだけあればバーにもできたかもな、と口の中で呟く風介はまだ根に持ってんだろうか。
けど俺はそれより、何か凄い嬉しくて、声が出なかった。
「Here you are」
風介はそれを一切れ手に取って、俺に寄越してくる。
俺がそれを受け取るのと同時に、時計が11月1日0時0分になった。
「……ほんとにギリギリだったな」
「…悪い。あんがと、マジで嬉しいわ」
俺はそう言って、それを口に入れた。それ以上口にするのも恥ずかしいし、何か喋ってたら泣きそうだと思った。チョコ系のを作る時、こいつはいつもミルクとビターを混ぜる。今日はビターがちょい強。多分6:4でビター。マシュマロ入ってるからしつこくなくてちょうどいい。手抜きだと自分では言っときながら、そういう細かいところ、俺のために考えてくれてるんだなぁと思うと、あぁやっぱり泣きそうになってきて意味ない。
「…晴矢、もう一回」
「え?」
「いいから」
風介が無表情のまま、日付は変わっちまったのにもう一度と促すから、俺は仕方なく名残惜しい一口目を飲み込んだ。
「trick or treat?」
言われるままにそう尋ねると、風介は次の一切れを半分に割った。
そしてそれを俺には渡さず、
「遅刻の罰だ。両方やれ」
そう言った風介自身の口で、そのチョコを咥えてみせた。

”お菓子をあげるから悪戯したまえ”

「……!」
俺はもう何も言えず、風介を腕一杯に抱きしめて、そのチョコに噛り付いた。
あぁ憎まれ口ばっかきくし男らしいし、けど世界一可愛い俺の恋人!


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ハロウィン滑り込みなのは晴矢だけでなくわたしも同じことです…