任務


※『役割』と繋がってるような繋がってないような


「聞いていいの、何があったんだい?」
「ほんとひでぇんだよ、何かさ…」
そうやって出てくることの、何割が本当にひどいことだっただろう。大体が晴矢の方の勘違いとか今考えてもしょうがないこととか、あとはガゼル様――涼野君のことばかり。
「そしたら俺の物言いが原因だろとか言うんだよ。何様なんだっつーの」
「…はっきり言う人だねぇ、涼野君は」
「普通さ、アイツの立場だったら先に相手を疑うもんじゃねぇのか?大体あいつらが丁寧に応対してりゃ退くような奴らだったら苦労するかよ」
「そうかもね」

恐らく彼の人の方は、オレが晴矢とあの人の関係のことを知ってるとは思ってないだろう。
晴矢は口が悪くて敵を作りやすいし、そのくせストレスは発散しないと気がすまない質だから結構愚痴っぽい。最初は一応言わないでおこうというポーズは取るけど、本当は話したくてしょうがないんだ。もう何年もの付き合いだから、手に取るように分かる。
あの人はそういう愚痴を全然聞こうとしないらしい。仮に聞いたとしても、冒頭のような批判しか返ってこないんだそうだ。それがこうやって、こっちに回ってくるというわけ。
「そりゃ俺は聖人君子じゃねぇんだから口は悪ぃしイザコザも多いさ。けど毎回俺のせいって何なんだよ」
「……」
晴矢に対して批判を返そうなんて奴はなかなかいない。怒らせて面倒なことになるのなんて、誰だって嫌がるから。なまじ勉強もスポーツもできてルックスもこれで、それで性格がこの歯に衣着せない感じとなると、上から目線に見えるのだろう、しばしば溝は実際起こったこと以上に深くなることが多かった。困ったことに晴矢も完全にシロってわけじゃなくて多少相手をバカにしてるところがあって、それでますます恐れられてくみたいなところもあった。
けれど、涼野君だけは、正面切って晴矢に言い返しながら、真に晴矢をキレさせたことがなかった。それどころか、批判を浴びせられた晴矢にこんな譲歩めいた言葉を言わせるなんて彼の他にはあり得なかった。つまり、散々他人をバカにする晴矢が、涼野君だけは認めて、その批判を敬意さえ持って受け入れているのだ。晴矢の口から涼野君に関して、表向きは好きとかどころか誉め言葉さえ一度も出てきたことはないけど、それでもあの人が本当に唯一の特別なのだと、言葉以上に思い知らされる。
「大体あいつらがアイツ狙ってんの、誰だって知ってんじゃねぇか。アイツだけだよ知らねえの」
「…そうだね。でも晴矢はそれを涼野君には言わないんでしょ?」
「んなことできっかよ、カッコ悪ぃな」
今回の話を要約すると、涼野君を狙ってる一団と晴矢が大喧嘩になって、涼野君は理由を知らないから晴矢のやり方を批判した。それで晴矢はまぁ煮えくり返ってるわけだ。
こうした実に下らないことから本質的なことまで、オレが晴矢のことで知らないことなんて何一つない。いいところも悪いところも知り尽くしてるし分かってる。それこそ、そういう意味じゃあの人よりずっとオレの方が知ってることは多かった。

けれど――晴矢はオレじゃなくてあの人を愛した。

分かってる、晴矢はいわゆる最低な奴だ。何度も言うけど悪いところも分かってるから冷静にそう思える。
けど晴矢が口を開けばあの人のことを話す度、何がこんなに突き刺さるんだろう。
「ハーァ、埒が明かねぇや、もうドーナツでも食って帰るぞ」
晴矢が腰を上げて鞄を肩にかけた。オレも仕方なく立ち上がる。
「涼野君にも買っていってあげたら?たまには喜ばせてあげなよ」
「えー?」
オレがそう言ったら晴矢は最初凄く怪訝な顔をしたけど、
「…ま、そーだな。お前の言うこと外れたことねぇし」
と言ってから、ニカッと笑った。

「……」
晴矢は、オレを認めてないわけじゃない。それも、分かる。
分かるから、余計に苦しい。

けど、苦しいけど、どうしても撥ね付けられない。
敵だらけの晴矢に、無条件の肯定をあげることができるのは、確かにオレだけ。
あの人でもできない任務を、オレだけが果たしている。

「でも俺アイツの好物知らねぇぞ」
「えっ、知らないの?」
「おお。そういう話しねぇし」
「オーソドックスなのと甘くないのにしたら?外れないよ。ついでに何が好きか聞いたらいいじゃん」
「ま、そーだな」

たとえこういう話ばっかりで、どんどん苦しさが増したって、その責務の報酬として与えられる晴矢と一緒にドーナツ食べる席を、手放すことができないんだ。




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4ヶ月遅れの誕生日プレゼントとしておぼろさんに差し上げました。遅れすぎや!!