夢の通い路


「……何やってんだ?」
部屋に入って開口一番、俺がそうとしか言えなかったのには一応理由がある。
「あぁ、なんだ君か」
そう言って振り返る部屋の主、ダイヤモンドダストの憎き10番が、おおよそここで見ると思ってなかったカードの類の束をめくっては積んでいたのだ。裏面が無地の濃い緑で、紙はやたら硬そうで、表面には古風な人の絵と文字列――馴染みはねえが知ってはいる、これは百人一首ってやつだ。
「今度ダイヤモンドダストの面々で競技かるたをしようかという話になってね。私だけ無様な真似を晒すわけにもいかないだろう」
ガゼルはその状況に口添えするように言った。競技カルタ、普通のカルタ遊びよりだいぶアグレッシブな、いっそスポーツみたいなもんで、正月あたりの時期にテレビとかで見たことないでもない。けど、それをやってみようって思いつく思考回路がまるで意味不明だ。
「はぁ…なんで競技カルタ?」
俺が至極もっともなはずのその疑問を投げかけても、
「気分転換さ。頭も少しは使わないと腐る」
ガゼルは目さえ上げやしねえでカルタに没頭し続けてた。ムカつく野郎だ、敵地までわざわざご足労の俺への、それがもてなしかよ。まぁアポなしで来たっちゃそうだけど、そんなのこいつだってそうだし織り込み済ってもんだろ。
「そう呆れた顔をするものじゃない。なかなか面白いよ」
その俺の雰囲気をどうとったのかガゼルはそんな明後日なことを言った。顔見てねえだろ、って言い返そうとしたところで、俺の方に一枚カードが飛んできた。咄嗟に指で受け取る。君がため惜しからざりし命さへ。よりによってなんて似合わねえ奴寄越してきやがる。
「そうかよ…」
俺がそのままそれを投げ返せば、ガゼルは見もせずに指で挟んで、何事もなかったかのように伏せてある方の山札――多分それはもう見終わった奴ということだろう――に乗せた。この調子じゃしばらくはこのままだろう。俺は勝手にベッドに腰を下ろさせてもらうことにした。
「むすめふさほせって何のことか知ってるか?」
俺が手持ち無沙汰にその済の方の山札をぱらぱらめくってたら、ガゼルがそう声をかけてきた。一応、相手をするつもりはあるようだ。
「頭文字だろ」
「なんだ、少しは知ってるんじゃないか」
そう俺が答えると、そこでガゼルは初めて目を上げて、底意地の悪い笑みを浮かべていた。そこまで馬鹿じゃねえっつうの。まぁこいつにどう思われてようが知ったこっちゃねえけど。
「別に。実際のカルタは覚えてねえし」
なもんで、俺はいちいち言い返したりしなかったけど、実際、その7首プラスアルファくらいは俺も昔覚えたことがあった。今は全部は覚えちゃいねえけど、めぐりあひて、と、
「住の江の」
「……」
は、覚えてるって思ったところで。
俺が、自分でもスゲー顔してんじゃねえかっていう目を上げたら、ガゼルはカルタに目を落としたままだった。
「岸による波よるさへや」
そんで、上の句を全部読んだところで、思わせぶりな目をようやく、いやにゆっくりと、上げてくる。こいつにこの歌を覚えてると言った覚えはないってのに、どう考えても俺がそれを知ってると確信してる顔だった。
「……夢の通ひ路 人めよくらむ」
こいつの目論見通りになって調子に乗せんのも癪だが、知ってんのにわかんねえ振りするのはもっと面白くない。俺は仕方なく答えた。
「正解だ、知ってたんじゃないか」
ガゼルはわざとらしく目を円くして――そうすると本当にまだあどけない表情になるってことに毎回軽く驚くわけだが――言った。ケッ、と声に出さないのが精一杯だ。この一癖も二癖もある男が、見た目通りの無邪気なもんか。
「それだけな」
俺はまた短く嘘を吐き捨てた。実際、嘘とは言っても実情は大差ない。このままこいつの歌当て大会が始まってもお手上げだし、さっさと終わらねえかなってのが正直なところだった。
「じゃあ」
そしたらガゼルは、さっきの住の江のカードを指で挟んだままこっちを見て、
「私が何を言いたいかも分かるはずだな?」
今日一番の、挑発的できれいでムカつく形に、唇の端をくっと上げた。

「…テメェ」
「ふふ」
俺が思わず唸れば、ガゼルはその唇から短い笑い声を零し。

「馬鹿な振りなんかしようとしても無駄だよ、バーン」
そう言って、カルタの束を片付け始めた。

(君が見た目通りの馬鹿なら、私が許すはずないだろう?)
囁かれないその言葉に納得する。
当然、そんなつまらねえ奴に成り下がるつもりはこっちにだってない。

物足りないなんて、いつまでも言わせはしねえよ。


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住の江の岸に打ち寄せる波のように(いつもあなたに会いたいのだが)、どうして夜の夢の中でさえ、あなたは人目をはばかって会ってはくれないのだろう。

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2013年もバンガゼの日おめでとう;;;