地に得に解すな
これが大学で最後の試合になるだろう。
例の大会の全国の決勝は、企業のチームとの対戦だった。
そりゃあ中学生と大学生よりは体力的に差はないだろう。けど大学生と企業ってちょっと話が違うんじゃないの。俺は初めてその話を聞いた時――確か2年生で初めて全国に来た時だったけど――意味が分からないと思ったものだった。けどそれから二年が過ぎて、その体制にも随分慣れてしまった。そしてここまで来れて、実際企業のチームと試合する、っていうのは初めてだった。
全国に来ると、冬休みの平日とかに普通に試合が組まれて、遠征もあるので、風介が毎回試合を見に来るってことは難しくなった。そもそも義足のあいつに、たとえ土日だってそんな遠くまで無理して来させるのは心苦しいものがある。それが平日に当たると、風介は携帯も使えないので、時々職場のパソコンからメールしてくることがあった。ほんとはダメなんじゃないのか、って言ったけど、ほんとはね、と言ったまま、その後の試合でもそういうことがあったので、もうあいつはそういうつもりなんだ。なら俺はありがたく受け取っとけばいい。
この大会が終わったら、プロのスカウトが本格化するはずだ。俺は4年だから、今回がまさに自分の将来を占う大会になる。全国に来た2年の時からそれなりに活躍はしてきたつもりなんで、どっかから声はかかってくれると信じてるけど、どうだか。どうにしろ今日ベストを尽くさないことには始まらない。どうせなら優勝してMVPでも土産にしてった方がいいだろう。
「晴矢」
茂人が声をかけてきた。今日のフォーメーションの確認だ。4年になって、1年からレギュラーにいた俺は当然のようにキャプテンになっていた。どうしようか凄く迷ったけど、司令塔は茂人に任せて、俺はFWに残って3TOPの形にしたのだった。俺が司令塔になることも考えたけど決定力が足りなくなるのも困る。あと茂人がFWもできるから俺と茂人の2トップにしようかと思ったこともあったけど、そこはガゼル様の場所だからと茂人は断固として受け入れようとしなかった。こいつが言い出したら頑固な奴なのも分かってたんで、結局色々考えて今の形に落ち着いてる。
「相手はどっちかって言うと左からのクロスに弱いから、できるだけそういう風に運んでいくね。まぁ臨機応変だけど」
「おう、頼むぜ」
茂人が更に詳しく説明しようとし始めた時、俺の携帯が震えた。
「ガゼル様じゃないの」
「そうだけど先に説明しろって」
「いいよ、先に見なよ。長くなるよ」
茂人がそう言うのは中身が見たいからに他ならない。俺は舌打ちして携帯を開いた。どこから聞きつけたのか秋まで走ってきて、いかにもワクワクしたような顔で待ってるのが本当にこいつら飽きないなと思う。
「…おっ…」
けど俺は、その文面を読んだ時、その二人に対する呆れとかそういうのが吹っ飛んで、目が丸くなってしまった。
「どうしたの」
「何かあった?」
二人が覗き込んでくるのに、俺は普段なら見せないところだけど、それも忘れて画面を明け渡した。
「うん…?」
茂人も秋も、それを見て俺と同じように首を傾げた。
『もう何も言うことはない。今日がいい試合になることを祈ってる。応援しているからね。あと最後に一つだけ。地に得に解すな』
最後に、と言ったまさしくその一言が、どういう意味なのかさっぱり分からなかった。
「何が言いたいんだアイツ…?」
あれ以来、障害者サッカーの訓練を続けてるあいつが言おうとしてることだったら、何か試合のヒントになるかもしれないし、できれば解読したいところなんだけど。
「地に得に…?何かの比喩かな」
茂人がそう言ってから、あれこれ考えている風に呟いてる。秋もしばらく、一文字ずつ呟いてたけど、
「…あ、もしかして」
何か思いついたようにそう言って、マネの席に戻っていった。そしてマネ用の簡易ノートPCを開いて、何か打ち込んでいる。
「南雲君、分かったよ」
それから秋は顔を上げて、何だか泣きそうなようで嬉しそうなような顔で笑った。
「どういうことだよ?」
「これをローマ字入力にするとね…」
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4年経てば秋になるかな…なんて