砂糖菓子でも駆け引きを


私には全く不必要な特技が一つあった。


手先がそう器用というわけでもなく、ここにいて家事に類されることをする必要もない。
しかし、私が特技としているのは、料理の中の、さらに製菓に分類されるものであった。

この星の使徒研究所にいて、宇宙人を演じながらハイソルジャーとなることを目指す身にとって、これほど役に立たないスキルもないだろう。だが、あるものはあるのだ。ならばわざわざ嘆くよりはいっそ楽しんだ方が得というものだ。確かに日頃は何の意味もなさない特技だが、こういう時に少し皆を驚かせる程度なら、腕を揮ってもいいだろう。私は前日の夜、こっそり台所を借り切って準備を進めた。

******

「が…ガゼル様、これは…」
手始めにダイヤモンドダストの男子にそれを振舞った。まずはオペラと呼ばれる生チョコレートのケーキ、男子向けなのでダーク寄りの配合にした。一番上には金箔でダイヤモンドダストの字入れを施した。
「菓子屋に無理を言って、特注したのさ。せっかくだからね」
試しに嘘を吐いても、誰も疑う様子もなく、目を輝かせている。
「一人一切れ取ってくれ」
「ありがとうございます!!」
それはそれで寂しいのやら、自分の腕に誇りを持てばいいのやら、複雑な気分で私は四角いケーキに自らナイフを入れた。
そこへ、クララ、リオーネ、アイシーが小走りでやってくる。――恐らく、彼女たちが想いを込めて準備したであろうチョコレートを抱えて、だ。
「ガゼル様ー!」
「ありがとう」
一直線に私へ差し出される、可愛らしいラッピングの手作りチョコレートを、私は微笑みながら受け取る。その光景を見て、男子たちも目尻を下げている。このチームの女子の可愛らしさは、我ながら世界一だ。そんな三人にこれだけ慕ってもらえるのだからありがたく思わなければならないだろう。
「私からのも受け取ってくれるかな」
チョコレートを椅子に置き、切り分けたケーキの皿を三人にそれぞれ手渡すと、
「あー!昨日の!」
「こんなんになったんですね、すごっ…」
「どういう手してるんですか、ガゼル様…」
という思い思いの感想が返ってきて、それを聞いた男子たちが面白いほど一斉に固まるのが分かった。
そう、昨日の夜、この三人とは台所を共有していて、このケーキの出所を知られているのだ。
「う…うわあああああ」
「恐れ多すぎる」
「あっアイキューが気絶した!しっかりしろ」
阿鼻叫喚となる男子陣に、女子が駆け寄ってしっかりしろと叱責を飛ばしている。私は声を上げて笑っていた。たまにはいいだろう、こんなに楽しい日があっても。

*****

いい気になってきた私は、次にグラン率いるガイアの元へ行った。
「ちょっと目分量を間違えて準備しすぎてしまったんだが…消化に付き合ってもらえないか」
私が言うと、グランはじめガイアの男性陣は一様にポカンとした顔になった。
「え…?いいけど、ガゼル、女の子だっけ」
「いや?男の私が作ったらおかしいかな」
私はそう言って紙袋をグランの目の前に置く。グランは呆けた顔のまましばらく私と紙袋を見比べていたが、やがて観念したように袋に手を伸ばした。
「嫌な予感がするんだけど…」
グランが口の中でだけそう呟いたのが聞こえた。まぁ、普段の私のイメージとは繋がらないのかもしれないが、失礼な奴だ。だがそれが、実物を見てどう変わるかと思ったら、ニヤつくのを堪えるのが大変だった。
「…!?こ、これって…」
私がガイアに用意したものは、ガイアのエンブレム型のクッキーだった。砂糖細工も加えて、細かいところまで再現するのは骨が折れたが、結果として納得いくものに仕上がったものだ。
「ちょっと…これ既製品じゃないか。冗談きついね、ガゼル」
「失礼な奴だな。既製品がこんなに個体差あるものか」
「えっ…?だってこれ…嘘ォ…」
グランが軽い混乱に陥り、その後ろからガイアの面々が物珍しげに私のクッキーを眺めている間に、
「少しは手加減というものを覚えたらどうだ。私たちの顔を潰す気か」
「おや」
ウルビダの声だった。その後ろにキーブとクィールもいる。さっきのダイヤモンドダストと同じ、チョコレートを携えたガイア女子だ。
「この後に私たちが何を出せば歯が立つというんだ」
「歯が立つって」
言いながら、ウルビダも、キーブもクィールも苦笑の体で真剣な目はしていない。お遊びであることは分かっているのだ。
「そんな言い方するとは…この中に本命がいたのか?」
「えっ!?」
私が軽口を叩いたら、後ろにいたキーブが素っ頓狂な声を上げた。おや、彼女は図星だったのかな。――案の定、ウルビダは何の動揺もないしかめっ面で笑っていた。
「本命はお前だ、ガゼル。ありがたく思え」
それで一斉にガイアの空気が凍りつき、次の瞬間大喧騒が始まる。ウルビダはチラリとグランを見やっていた。そうきたか。私は一人で楽しくて仕方がなかった。
「ありがとう。じゃあ本命返しを今させて頂こうか」
ウルビダの石畳ガナッシュを受け取りながら、私は彼女に渾身のフォンダンショコラ――網目模様の飴細工付き――を乗せた皿を仰々しく差し出した。
「フン、当然だな」
「おいおいマジかよー!?」
「やばいんじゃないのマスターランク同士はさぁ〜〜!」
結局、掻き乱すだけ掻き乱して、後のことはウルビダに任せて去る私だった。まぁ彼女にとっては何でもないことだろうさ。

******

そして、最後にプロミネンスも訪れる。
「バーンは?」
「今、席を外しておりますけど…」
ならちょうどいい。
「君たちにも日頃世話になっているからね」
私は残りの10人に、炎の形を表面に描いた粒チョコレートを配った。中身はフランボワーズ風味とオレンジ風味のガナッシュを練りこんである。
反応はと言えば、喜ぶ者半分、訝しがる者半分といったところだった。というか、喜んでいた者――女子を中心に――は一人で二人分くらい喜んで弾けていたので、実際には全員分の歓迎を受けたといっても過言ではないくらいだった。
「…毒でも盛りにきたんすか」
ネッパーが暗い目で私を見ている。その後ろ、サトスとバクレーも、似たような疑念の目を投げかけてきていた。
私は極上の笑顔を返してやった。
「無礼講、お遊びだよ。そう睨まないでくれたまえ」

***

何せ、実際のところの私は、彼らの大事なキャプテンを寝取っている身である。たまには無償の大盤振る舞いでもしなければ、申し訳ないというものだろう。
自室に帰れば、当たり前のような顔をして私のベッドに座っている男が出迎える。

「俺の分は?」
ベッドサイドへ歩いて行ってやれば、即座に蛇のような手が私の腰に巻きついて、裾を探して忍び込んでくる。その指が私の素肌に火をつけようとまさぐり始める。あぁ相変わらず、少しの辛抱もない男だ。
悪くない。
「君のはないよ」
「あぁ?」
私が下目遣いで笑ってやると、バーンは不機嫌そうに眉を跳ね上げた。
おいおい、強欲も大概にしろよ。思わず零れる苦笑と共に、
「これでも食らってろ」
私はそう言って彼の不服そうな唇に噛みついた。

*****

私の命を手にしておいて、よくも菓子まで強請れたものだ。

何もないのが、本命の証さ。



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10月9-11日のバンガゼ3daysに出先で支部に上げました!毎年のことながらおめでとうございました(゚∀゚)