相思相哀歌
「サッカーはここまで。経営の勉強をしないと」
「そう、がんばって」
「吉良姓も一緒に継ぐことになったよ」
「へぇ、大変だね」
そう言って、何でもなさそうな顔をして、ずっと後ろからついていく俺を、あなたはどう思っているだろう。
*****
「大丈夫さ、緑川君」
何でもできるあなたは知らないだろう、届かない手を差し伸べられる残酷さを。
時間に追いつかない技術、技術に追いつかないスタミナ。
『あれ』のせいにするのは簡単だけど、その間にもあなたは先へ進んでいく。
それでもあの時、あなたが声を掛けなければ。
この命は独りで静かに収束していくだけだった。
どんなに残酷でも、結果が変わらなくても。
届かない手を取ろうと足掻くため、という、生き続けるための理由をくれた。
あなたの決意は、いつも凄まじいものだった。
自分を殺してあの人をなぞる生き方に、あえて飛び込んだ。
あなたは微笑んで、その心の嵐を見せようとはしないけれど、その決意の内容を俺にそっと伝える。
あなたがどんなつもりでその届くことのない手を俺に伸ばしたのか、俺には知る由もない。
あなたが何を考えてその茨の道を選んだのか、一割だって想像することはできない。
あなたはその道を歩いても、何でもなさそうな顔をする。
だから俺も何でもなさそうな顔で後に続くだけ。
少しくらい躓いて遅れても、あなたは黙って待っていてくれるから。
もし茨の棘があなたを刺しそうになったなら、その時こそ、この命を代りに捧げられますように。
また独りだけ置いていかれて、あなたと同じ世界を見られなくなるよりは。
超新星爆発をこの目で見るくらいのささやかなその可能性のために、俺はその道を黙ってついていく。
*****
「なんで秘書の資格なんかにしたの」
「時間管理もできない社長を見放さないのは俺くらいだよ」
「せっかくサッカーでいいところまでいけたのに?」
「いいとこなんて、嫌味かよ」
そう言って、何でもなさそうな顔をして、軽口の裏に俺を守ろうとする君は、どうしてそんなに健気なんだろう。
*****
「セカンドランクの俺なんかに」
その言葉の裏に、君もまた絶大な孤独を抱えているんだと知った。
父さんの暴走の一番物質的な被害者なのに、口を閉ざしたまま足掻く君。
なお溺れかけているその手を拾うのは、俺の責任だと思った。
君は知ってたのかもしれない、結果は変わらないことを。
俺のその行為は、とてもとても独善的で残酷なものだったのかもしれない。
それでも俺を安心させるために、君は追いつくと約束してくれた。
力強く背を押して送り出して、笑っておかえりと迎えてくれた。
俺は安らいだんだろうか、そうやって君が笑っていてくれることに。
何かあっても君がついていてくれるという安堵があったんだろうか。
それで誰にも言わないと決めてたはずのそれを、君には言ってしまったんだろうか。
俺が折れそうになったら君が助けてくれないだろうか。
この断崖絶壁を、君はついてきてくれないだろうか。
不安や孤独を嫌がる汚い打算が耳打ちさせた言葉に、君は黙ってついてきてくれた。
分かっているのかもしれないし、分かっていないかもしれない。
けど飄々とした顔で、茶化した言葉でかわしながら、どんな道でも。
もしその崖から君が落ちたら、その時こそ届く手を差し伸べられますように。
誰一人同じじゃない孤独を抱えてきた俺たちが、今度こそ手を取り合うことができるのなら。
ブラックホールに飛び込んでも壊れない心で、君の支えを感じながら、俺はその道へ立ち向かう。
2013.7.17. はるきさんHappy Birthday!
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3年越しで初の基緑