ハナミズキ



「カラオケ行きたい」
「はぁ?」
唐突に言い出したオレに、何だかんだ言って最終的に彼は付き合ってくれた。
「抜け出したのバレたら怒られるかな…」
「バーン様に迷惑かかるのはごめんだぜ」
「……」
彼――ネッパーはバーンを慕っている。
彼だけじゃない、このチームのメンバーであるなら自然なことだ。
でも、この場合、であっても、彼の好意が揺らがないことに、オレは驚く。到底真似できない、と思う。

『好き』
そう、最短の言葉を投げかけられたのは、いつのことだったか。
『ごめん…オレは』
『知ってる』
『?!』
『今のも独り言だよ、気にすんな』

ネッパーの態度は、その前と後で、全然変わらなかった。
知ってる、っていう言葉が、真実をついてるかどうかは分からないけど…多分、見抜かれているんだろうと思う。彼は鋭い男だ。サッカーの時だけじゃない。実力も観察眼も、それに見合うプライドもある。そういうところは嫌いじゃなかった。というか、オレだって、何がいけなくてネッパーじゃだめなのか、何がよくてバーンにこだわっているのか、分からない。ずっと昔から好きだった。でもその分、バーンの時も晴矢の時も、欠点も見えているはずなのに。

カラオケに行きたくなった時、あえてネッパーに声をかけてしまったのも、そういうモヤモヤしたものが溜まっていたから、何というのか――巻き込みたくなった、というのか、分かっていてわざと苦しめたくなってしまった。本当に申し訳ないけれど、そうしないとオレ一人で耐え切れる自信がそろそろなかった。

あと、少しだけ期待したんだ。何か変わらないかと。
半分以上諦めていたけれど。


ネッパーは歌が上手かった。というかいい声質をしてて、声も高い方だから結構上の方まで出ていた。オレはちょっと低くなりすぎて歌えないのもスカッと歌ってくれていいカタルシスをもらった。興奮してたら彼の方もオレの声を褒めてくれた。何だ、普通に楽しいじゃん。ネッパーは確かに気にすんな、って言ったんだから、今までももっと気軽に誘えば良かったのかもしれない。

この楽しい雰囲気の中なら、今なら歌えるかもしれない。
オレはレパートリーがそんなに多くないから、自分の首を絞めるような歌でも数合わせにしてしまう時がある。その中でもちょっとこれはもうしばらく歌えない、と思っていたんだけど、さっき履歴で見つけてしまった。
もう時間も残ってないし。

ピピピピピ、と電子音。

画面に流れたそのタイトルを見て、ネッパーが少し身じろいだ。

歌い出したら、途中までは内容よりむしろ声の高さに四苦八苦していたけど、二番辺りからやっぱり少し苦しくなってきた。
なんで入れちゃったんだろう。あ〜あ、バカだな、オレ。
画面ではPVが流れていた。この人もこんな苦しい恋、してたんだろうか。何だか想像できない。

何とか歌い終わった。
やっぱりざらざらした。
うーん、やっぱまだ少し早すぎたな。そう思っていたら、
「…るよ」
黙りっ放しだったネッパーが、つぶやくように何か言った。
「は?」
聞き取れなくて振り返ったら、ネッパーは無表情の目だけ俺に寄越して、
「我慢なら付き合ってやるよ、って言ったの」
と言った。

最初何を言ってるのか分からなかったけど、
「――――」
分かった時、返す言葉を失った。

『いつか実を結ぶ我慢』のことだ。

一緒に苦しんでくれると。
苦しめてるのはオレなのに。このままじゃどこまでいっても苦しみしかないのに。
どうしてそんなにさらっと言えるんだ?

ネッパーは全然顔色を変えなかった。
どころか、呆然としてるオレを見て、うっすら笑いさえした。

バーンとは違う、全然違うのに、

薄闇の中のその笑みに、背筋を何かが走った。


ひょっとしたら――オレは彼を愛することができるかもしれない。
ぼんやりとした予感が、オレの唇の上にも微笑みを残した。



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初めてネパヒでしたが…ハナミズキ名曲過ぎて…