白煙のむこう


「カイト!これお土産な!」
オレがそう言って勝手に部屋に上がっても、カイトはにこりともしないけどちゃんと振り返ってくれた。
「ハルト、甘いもの好きなんだろ?お菓子買ってきたぜ」
「……」
カイトは黙ったままで、オレの持ってる紙袋の中身をじっと見ていた。けど、しばらくすると、やっぱり何にも言わずにだけど、袋の紐を手に取ってくれた。無愛想だけど、カイトは優しい奴なんだ。
「何をしにきた」
その紙袋をローテーブルに置きながら言うカイトは、オレの方は見てなかった。
「遊びにきただけだぜ!」
「……」
そう言って胸を張ったら、カイトはまた顔半分だけこっち向けてオレの方を睨んだ。でも知ってる、こういう時別にカイトは怒ってないし、すぐに呆れたように溜息でもついて、許してくれるんだ。
そんでそれはほとんどその通りだったんだけど、
「歓迎はしない」
次に出てきたこの一言は、ちょっとオレの予想の上側だった。でも何か、オレの予想なんか普通に越えてくるところとか、そう言いながらちゃんと迎えてくれるところとか、いかにもカイトらしいなぁって感じだったんで、オレは何となく嬉しくなった。
「別にいいぜ!デュエルできれば…」
と言いかけたところで、突然、オレの腹が盛大な音を立てた。
「……」
「……へへ…」
カイトが一層冷ややかになった気がする。オレ自身だって、せっかく来たのに何もこんなタイミングじゃなくてもなぁって思った。やっべ、今日学校の帰りにそのまんま来ちゃってデュエル飯ももうねーしなぁ。カイトとデュエルしようって思うと、他のこと全部吹っ飛んじゃうんだよな。
「……」
でもそう言えば、カイトが腹減らしたとこって見たことないし、もっと考えたら何か食ってるとこ自体もないかも。ハルトの記憶にあったキャラメルだって、カイトが持ってたけどカイトは食ってなかったんだしなぁ。
「カイトって、いつも思うけどさ、何か食べ物食ってんの?」
と思って、オレはそのままそれをズバリ、本人に聞いてみることにした。すると、意外にもカイトは結構素早く反応して、
「きさま…オレを何だと思っている」
と、いつも機嫌悪そうに寄ってる眉を余計に吊り上げた感じがした。
「えっ、怒んなよ〜。何か食べてるとこ見たことないなって思っただけじゃん」
カイトがそこに反応するとはあんまり思ってなかったから驚いたけど、顔ほど怒ってないのは分かってたし、人間らしいっていうかそういうところを見せてくれるのはちょっと嬉しい。
「あっじゃあさ、デュエルの前にちょっとメシ食いに行かない?」
まぁ一番はオレが腹減ったからだけど、名案を思いついてオレは人差し指を立てた。カイト何て言うかな。ここに来るまでこんなことになるとは少しも思ってなかったから、メシの話にカイトがどう返してくるかなんて、想像もしてねーや。
「…いいだろう」
と思ったら、それまでよりよっぽどいい返事が返ってきたんで、何の予想もしてはなかったけどそれにしても意外だった。なんだろう、カイトも腹減ってたの?
「えっ?ほんとに?」
「物も食わぬ化物と思われては心外だからな」
と思ったらまだ拗ねてんのかそんなこと言い出して、
「だーからー、そうじゃねぇって言ってんじゃん!」
オレは両手を広げてもう一度そう言ったけど、カイトは冷たい顔のままだった。はぁ〜、これじゃオービタルがいつも苦労するわけだぜ。カイトって、冗談らしいことが何にも通じないんだもん。
でもラッキー、そんなカイトとメシ食いにどっか行けるなんて思ってなかったからな!


「何がいっかな〜」
ハートランドシティの中をカイトと並んでぶらぶら歩く。突然のことだからオレもだしカイトもだろうけどどこに行くとか全然考えてなくて、しかもオレなんてどこに何があるのかもよく分かってない。
(はぁ〜でもカイトと一緒に歩いてるとかウソみたいだな〜)
オレよりちょっと背が高くて、ずっと無愛想なままのカイトの横顔を見上げると、ついつい笑顔になっちまう。冗談が通じないってことは、その分全部に真剣ってことだ。オレとかはデュエルならいくらでもかっとビングできるけど、勉強とかはなかなかそうもいかない。でもカイトは、何をするのにも迷いがないし、しかもデュエルも物凄く強い。そんなスゲー奴と一緒にメシまで食うことになるなんてな。
「そう言えばアストラルはいないのか」
そしたら突然、カイトがオレの方に振り向くからちょっとびっくりして変な声出た。カイトって目力つえーんだもん。
「って、えっ?今日は皇の鍵の中に引きこもってるけど…」
オレは答えながら、あれっ?と思った。カイトがアストラルのこと聞くって?何かおかしいな、でも何がおかしいのか分かんねえ。
「なんでカイトがそれを…?」
「気にしたら可笑しいか?」
「ん、あ、いや…?」
そう言われれば、そもそもカイトにとってオレってアストラルのおまけみたいなもんだし、別におかしくない気がする。けど何だこの違和感みたいな?
「面倒だ。ラーメンでいいな」
「ええっ!?」
でも次にそう話しかけられたことの意外さに、そのちょっとした違和感なんかきれいに吹き飛んだ。え、何?なんて言ったの今?
「カイトが…ラーメン…?」
思わずまばたきしてくり返し。さっきと同じで何なら予想してたってわけじゃないけど、やっぱりそれは完全に頭になかった。ラーメン食ってるカイトなんて、そう言われたって想像できねーぞ!?
「だからオレを何だと思っている」
カイトがまたキレーな眉を吊り上げて、同じことを言う。オレは焦って両手を振った。
「いやっ別にヘンな意味じゃなくてだな!?カイトっていいもの食ってそうっていうかイメージじゃなかったっつーか、なんかびっくりした」
カイトはそんな挙動不審なオレを例によって冷たい目でじっと見た。ひえー相変わらずキレーだけど怖っ。しばらくそのままでオレが行き場所のない手の指を動かしてたら、カイトはその目を閉じて軽く溜息を吐いた。
「食う物に関してそこまでこだわりはない」
「へぇ〜…」
オレはポカーンと呟くしかなかった。いやぁ意外だ。世界的な科学者のフェイカーの息子で別荘暮らししてたこともあるんだから、いいとこの育ちなんだろうなぁと何となく思ってたんで、オレとは味覚が違うんじゃないかとか、オレなりに色々考えてたのに。
でもまぁいいや、カイトの好き嫌いとかも分からないし、カイトが言い出したとこに行っときゃ間違いねーだろ。オレがラーメン嫌いなわけもないしな!


入ったのは、ふっつーにどこにでもありそうなちょっと小汚い感じの店だった。かろうじて立ち食いではないけど、カウンターがメインでテーブルはちょっとしかない。その少ないテーブル席に、カイトは迷わず座った。オレはそれを追って、向かいに腰を下ろす。
「醤油二つ」
「はいよ」
と思ったら、オレが何か言う前に、カイトはカウンター奥にいる店員にそう言って、オーダーを通しちまった。
「えーッ!?ちょっと待てよ、他にもあんだろ?」
「文句があるなら帰れ」
「ひっでぇ…」
おいおい、オレが何でもいいって言ったわけでもねーのに、これが横暴ってやつだろ?まぁカイトらしいっちゃそうだけど、それにしてもよぉ。
「金は払ってやる」
「!」
でも、うるさそうなしかめっ面のまま、次に出てきたのは意外なほど親切な言葉だった。
「どういう風の吹き回し…?」
さっきの横暴の次がこれじゃ、思わずそう聞きたくもなる。そしたらカイトは、不機嫌そうに閉じてた目を開けてオレを真っ直ぐに見た。うわっ、またかよ。眼力強いからびっくりするんだって。
「なら聞くが、きさま財布を持っているのか」
ズバッと直球だった。ズババナイト。
「えっ?さすがに…」
オレはそう言われて、ポケットとかポーチを探し始めた。でも探してる間に、何となく嫌な予感がしてきた。――そう、どこにも財布入れた覚えがない。
「もってねえ…」
「……」
オレは自分でも情けないというか信じられない気分だったけど、カイトは呆れたように、でも思った通りって風に半分目を伏せた。なんで分かったんだろう、オレが財布持ってないって。確かにオレは超忘れっぽい。デュエルカーニバルの決勝でハートピースさえ忘れてて、小鳥たちに助けてもらったくらいだ。あれをカイトに見られてたかどうかはわかんないけど、まぁ他にも身に覚えはいくらでもある。全然興味ないような顔して、見抜かれてるんだから反則だよなぁ。
「…すいません、ごちそーさまデス…」
オレは小さくなるしかなかった。カイトは答えなかったけど、それを責めることもなかった。多少横暴でも、こういうところでカイトってしっかりしてるっていうか、年上なんだなぁって思う。

「っヒョ〜、うまそ〜!」
運ばれてきたラーメンは、シンプルだけど白い湯気を立ててて本当にうまそうだった。ただでさえ腹の減ってたオレは、割り箸を適当に割って、すぐにでも食べようとした。
「うおっ、あっぢぃ!!」
「お前は馬鹿なのか…」
焦りすぎて舌を火傷したオレに、カイトは心底呆れたような声を出してきた。ひでぇなぁ、熱いうちに食べた方がラーメンだって喜ぶだろ?
カイトは、割り箸を親指と人差し指の間に乗せた両手を顔の前で合わせた。いただきます、という声は出てこなかったけど、数秒、目を閉じていた。あ、これがカイトのいただきますなんだなぁ、と何となく思った。
それから割り箸を横向きにして上下に割った。
「割りにくくねえの?」
「そうでもない」
なんでそう割るんだろう、不思議に思ってると、その割った割り箸とレンゲを使って、カイトは麺を4本くらいきれいに取り、軽く息を吹きかけた後、口に運んだ。オレみたく熱がることもなく、麺同士が全然絡まない平行な感じのまま、音も立てずに啜っていく。当然、麺の先から汁が跳ねることもなかった。
「ほぇ〜…」
オレは思わずじっとそれを見てしまった。今オレとカイトって同じもの食ってんのに、こんなに違うもんなのか?味覚の違いはそうでもなかったけど、カイトがいいとこ育ちなのは間違ってなかったんだなぁ。
しばらく箸が全く止まってたオレの視線に気づいて、カイトが怪訝な目をオレに向けてくる。
「…何なんだ」
まぁ食べてるとこジロジロ見られたらそう言いたくなるのも当然か。だからオレは、思ったことをごまかさずにそのまま言うことにした。
「いや…カイトの食べ方って、カイトのデュエルみたいだなぁって思って」
「……」
そう、デュエルの時のカイトは、やっぱりオレと同じことやってるとは思えないくらい強くて、アストラルの予想だって軽々越えて、何回形勢を引っくり返しても最後にはあざやかに攻撃を決めるんだ。完璧ってのはこういう時に使うんだなぁって思った。頭いいんだなぁってのも思うけど、単純にすげーなぁって、興奮するなぁって思うことが多かった。対戦してても一緒に戦ってても、横から見てても、今までカイトが思い通りにできなかったことなんてなかった。
(ん、あれ…?)
オレはそこでさっきの違和感がまた戻ってきたような気がした。
なかった…よな?
何か忘れてるような気がするけど、何だ?

「オレのデュエル…か」
その声にハッと意識を戻してカイトを見たら、
カイトは表情を緩めるような感じで、目をやわらかく細めて笑っていた。

(え…?)
オレは今度こそ決定的に違う、と感じた。
何だこれ。別におかしいわけじゃない――むしろすごくキレイでカイトらしい顔でもあるけど、カイトがこんな顔するなんて?

(何がおかしいんだ…?)
オレは必死に考えた。カイトのこの顔、見たことがないわけじゃない。でも正面から見たことは絶対にない。じゃあ一体どこで?
(……あ、)
そうだ、何だかこれって、ハルトに向けてる顔みたいじゃないか?
別に弟でもなければ、本来どうでもいいと思ってるはずのオレに、こんな顔することって、ある?

湯気が強くなったような気がした。そのカイトの笑顔が、白く曇っていくような。


「…馬、遊馬。大丈夫か」
「あ…?」
次に見たのは、いつもの部屋の天井だった。アストラルがオレを覗き込んでる。まだ暗い。
「夢か…」
オレは上半身を起こした。夢見ること自体は珍しくないけど、それにしてもこのタイミングでこんな夢見なくたっていいのになぁ。
「遊馬、うなされていたぞ。変な夢だったのか」
アストラルが横から声を掛けてくる。こいつは寝るってこともないから、最初は夢のこと説明すんのも一苦労だった。今は完全にじゃないにしても分かってきてるみたいだ。
「いい、夢だったんだよ…」
オレは呟くように答えた。そうだ、あまりにも良すぎる夢だったんだ。目が覚めた時こんなに悲しくなる夢も珍しい気がするぜ。
「…分からないな。君はいい夢でもうなされるのか?」
けどアストラルは当然納得しなかった。夢の内容なんて話しても大体伝わらないのに、夢を見ないアストラルに説明して分かるのか?でもそんなこと考えたって正解なんかまとまるわけがない。
「…カイトと、ラーメン食う夢だったんだ…」
「……」
伝わってるのかどうかは分かんなかったけど、カイトの名にはアストラルもさすがに黙った。今日の昼、デュエルカーニバルの準決勝で、カイトはトロンと激戦の末、負けちまって集めてきてたナンバーズを奴に奪われた。――そして多分、ナンバーズと一緒にカイト自身の魂も。オレが駆けつけた時倒れてたカイトは、シャークが魂を抜かれてた時と同じ、抜け殻みたいな無反応だった。
「おかしいなって思うことはあったんだよ…カイトがお前見えるみたいなこと言ってたし、そもそもオレが普通にカイトのところに遊びに行ってるってのもおかしいよな…でも、気がつかなかったんだよなぁ、夢だって」
「……」
「リアルだったなぁ…」
オレはもう一度ハンモックに倒れこんだ。カイトは敵だった。オレがいくら仲間だと思ってても、カイトのデュエルがかっこよくて憧れだと言ってみても、カイトにはハルトを助けるためにオレの持ってるナンバーズが必要だった。オレとアストラルだってナンバーズは絶対渡せなくて、どうしたらいいのか分からないままだったけど、それでも今、カイトの目が覚めない状態よりはマシだった。
「あんなこと、絶対ないのにな…」
夢の中のカイトの、にこりともしない、けど迎え入れてくれてた横顔を思い出す。何の事情もジャマもなく、あんな風に仲良くできたらどんなにいいだろう。
(お前たちを待っている)
(見たければ見るがいい)
ようやくアストラルだけじゃなくて、オレのことも見てくれようとしてたとこだったのに、まさか負けちまうなんて。オレがカイトに負けて魂を取られることは何度も考えたけど、それより先にカイトが魂を奪われるなんて思ってもみなかった。
「遊馬、」
そこでまたアストラルが声を掛けてきた。オレは目だけそっちに向ける。暗いから普段から透けてるアストラルの体が余計に透明っぽく見える。
「私には夢がどんなものかは分からない。だから君の言うことが全部分かるわけじゃない」
「…あぁ」
「だが、確かなのは、明日のトロンとの戦いに勝たなければカイトが帰ってくる可能性はなくなるということだ。絶対に勝つぞ、遊馬」
その言葉が、迷いもなく力強かったので、オレは思わずアストラルをじっと見た。
「アストラル…」
アストラルはいつも冷静だ。すぐ調子に乗ったり考えるのやめたり拗ねたりするオレを、いつも元に戻して、正解を教えてくれる。今もそうだ。確かに、トロンに勝たなければカイトは帰ってこない。絶対に勝たなきゃいけない。
でも、カイトが帰ってきてナンバーズをめぐる戦いが再開したら、アストラルはまたカイトに消されるかもしれないことになるのに、アストラルもカイトに帰ってきてほしいと思ってるんだ。
たぶん目を丸くしてたんだろうオレに、アストラルは微笑んで続けた。
「君の未来は君がかっとビングで決めるんだろう。その夢とやらを笑い飛ばせるような未来を勝ち取れ」
「…!」
オレはもう一度体を起こした。そうだ、その通りだ。あんなこと絶対起こらないなんて、誰が決めるんだ。オレがトロンとかフェイカーとかの大人の勝手を止めてやれたら、ひょっとしたらあるかもしれねーじゃん。それだけじゃない、もっといい未来にだってできるかもしれない。どんなに壁がでっかくったって、かっとビングすれば、ちゃんと応えてくれる。やる前から絶対できないって決まってることなんてねえんだ。
「…おう、それしかねーよな…!」
オレは自分の拳をもう片方の手で叩いた。まだ決戦まではしばらくあるけど、気持ちは決まった。やってやる。カイトを助けるためだけじゃないけど、カイトだって絶対に取り戻してみせるんだ。


***********


「何度でも相手になってやる」
決勝戦のあとはほんとに怒涛って感じで色々あった。全部の元凶がフェイカーじゃなくてその裏にいたバリアンって野郎で、オレたちは力を合わせてそいつをぶっ倒し、カイトとフェイカーの親子も和解した。ずっと夢だったカイトとの本気のデュエル、それでいてお互いの命なんか懸けなくったっていい、楽しいデュエルができたし、一時目的を見失っていたカイトもデュエルが終わったらそう言ってくれた。途中、サレンダーするなんて言ってたのがウソみたいに、カイトのデュエルはやっぱりかっこよかった。
「カイト!デュエルしようぜ!」
「…またお前か」
それでオレは、時々カイトのところにデュエルしに行くようになった。と言っても、カイトは超強くて適当な気分でやっても話にならないから、そんなに毎日とか来てるわけじゃない。それでもカイトはこんなこと言って、ほんとに見た目の態度の上では、オレには超冷たいままだった。
「あっ、これお土産な!」
だからってわけじゃないけど、オレだって毎回手ぶらで押しかけてるわけじゃないんだぜ。
「お菓子持って来たぜ!ハルト、甘いもの好きだっ…」
そこで、オレは突然、あの決勝前夜の夢を思い出した。
(…え?これって、まさか…)
あの夢の中のオレも、カイトの部屋に勝手に来て、お土産持ってこう言ってた気がする。
「……?」
カイトが怪しむみたいな目を向けてくる。変なところでオレが言うのやめたからだろう。
「あっ?いや、えっと…」
オレはどう言ったものか、いやそもそも頭の中が全然整理ついてないっていうか、あの夢ってもしかして正夢なの?とか色々考えててうまく言葉が出ないでいた。
そうしたら、カイトはオレの持ってた紙袋の紐をおもむろに取り上げて、
「…歓迎はしない」
って言った。
「…!」
同じだ、やっぱり。夢の中でも、オレはこの言葉をカイトらしいなぁと思ってよく覚えてた。
あの時は良すぎる夢だと思ってたのに、今、ほんとに実現しちゃってるんだ。
そう思ってたらなんか胸がいっぱいっていうか、わー、なんか泣きそうだ。ここで泣き出すとかハズすぎるし、こらえろ、オレ。
そんなんで何にも言えないうちに、今度はオレの腹が鳴った。それも夢と一緒。
「……」
「……」
無言と一緒に間抜けな空気が流れて、カイトが無表情でオレをじっと見下ろしてくる。多分呆れられてるんだろうって思うけど、今このタイミングだと、今までだったらそんなこともなかったのになぁって噛み締めちまう。
「…何か食いに行くか」
「!」
と思ったら、カイトの方がそう声を掛けてきてくれるっていう新しい展開で、オレはすごくびっくりした。え、ひょっとしてこれも夢なのかな。カイトがそんなこと言い出してくれたことなんてないぞ。
けど自分で自分の顔を触ってみても、皇の鍵を握ってみても、今回こそ夢じゃないぞっていう実感しか返ってこない。カイトがオレとメシ食ってもいい、って、ほんとに思ってくれてるんだ。
「……オレ、ラーメンがいいなァ」
オレはほんとに涙が滲みそうになるのを必死でこらえて、何とか言った。
カイトの方はもちろん、それがどういう意味なのかは知らない。オレの突然のリクエストに対して、いつものカイトらしい淡白な声で、
「いいだろう」
って答えてくれた。

同じように部屋から出てハートランドの街中を歩いてる最中に、でも今回は皇の鍵からアストラルが出てきた。
「お、アストラル」
オレが気づいて見上げると、アストラルはいつも偉そうにふんぞり返ってるのに珍しく少し身を屈めてきて、小声で言ってきた。
「遊馬、夢が叶って良かったな」
そんでその笑顔も、どことなくイタズラっぽい感じだった。
「…へへっ」
そうアストラルに言われるとちょっと照れくさいような変な感じだったけど、アストラルもいてカイトと並んで歩いてられるのは、ほんとにほんとに嬉しかった。
「何の話をしている」
「あっいや別に」
そんなこと言ってる間にカイトは少し先に行ってて、立ち止まって振り返っていた。オレは慌てて走ってその横に並ぶ。今度はアストラルも一緒に。
「アストラルも来たのか」
「ああ。久しぶりだな、カイト」
カイトがアストラル見えてるのも、今だったら何の違和感もないことなんだなぁ。


カイトのラーメンの食べ方は、夢で見た通りで、少しも隙がない完璧な食べ方だった。それ見てると、何かまた泣けてくるような気がする。やっぱかっこいいんだよなぁ、デュエルと同じだなぁって、思ったところまで夢と一緒だ。でも今度は立ち上る湯気についてる匂いも何もかも、夢にしては現実味がありすぎてる。
「……?」
カイトが、オレの手が完全に止まってるのに気づいて怪訝そうに顔を上げた。あぁ、これも夢と同じだなぁ。
「いや、カイトの食べ方って、」
オレは何度目か分かんないけど泣きそうな気分で、やっぱり他に言うこと思いつかなくって、
「カイトのデュエルみたいだなぁ、って思って」
もう一度思った通りのことを、また言っていた。アストラルは夢自体を見たわけじゃないから、それを聞いて横で意外そうな顔をしてた。けど、気を使ってんのか、どういうことだとか聞いてくることはなかった。

オレはそこでハッとしてカイトを見た。確か、夢ではここで優しすぎる顔をして、それで目が覚めちまったんだ。
「……」
カイトは、心底面白くなさそうな顔でオレを睨んでた。
それから、不意に目を逸らしたんだ。

あ、もうダメだ。

オレは自分でも気がつかないうちに、ボロボロ涙を零してた。
「!?」
それを見たカイトがギョッとしたような顔をする。アストラルも驚いたような顔をしてた。でもオレは涙が止まんなくてそれどころじゃなくて、腕とおしぼりで一生懸命拭いていた。
「ううーっ…夢じゃねえよぉ…」
オレは泣いてる合間に呻いてた。カイトが、ハルトに対するあの顔じゃなくて、ちゃんとオレに向けた表情で対応してくれたことが、嬉しくてしょうがない。今のこの状況が、ほんとに夢じゃないんだ、ってようやく実感できた。
「夢?お前、まさ…」
と思ったら、カイトがそれに反応しかけて、ハッとしたように口を噤んでるのが聞こえた。オレはびっくりして顔を上げた。カイトは、さっきまでと似たような苦い顔のまま、口に手を当てて目を逸らしてた。
「まさかって…えっ?」
オレはまだ熱い目を何度もしばたいた。どういうこと?なんで今カイトは夢って単語に反応したんだ?そんでなんでそんなバツの悪そうな顔してんの?
まさか、の次に続きそうなことは何だろう――考えると、あんまり選択肢なんか多くなくて。
「ひょっとして……カイトも同じ夢を?」
「……」
それなら、オレの夢っていう言葉に反応してまさか、って言うかもしれない。でも、そんなことってある?
カイトはしばらく不本意そうな顔のままだったけど、不意に目を閉じて、なんか諦めたように溜息をついた。
「…そうだ、と言ったら何か悪いのか」
そんで割り箸を持ち直してそう言ったカイトは、しかめっ面のままではあったけど、ちゃんと真っ直ぐオレの目を見てくれていた。
「それで…それでラーメンでいいって言ったの?」
「……」
なんか信じきれないままオレがそう聞いたら、カイトは無言で余計に面白くなさそうな顔をしたけど、オレから目も逸らさなかったし、否定もしなかった。
「ウウ…カイトぉ…おまえってほんとやさしいよなぁ…」
オレはまた涙があふれてきて、おしぼりに突っ伏した。そう、今もそうだし、夢で財布忘れた時も、しっかりしてるとも思ったけど、カイトはすごくやさしかった。厳しい顔、難しい顔ばっかりしてるけど、オレのことちゃんと見ててくれる。絶対味方でいてくれる。こんなちょっとしたことでさえ、オレのために行動してくれてるんだ。
「……気色悪いことを言うな」
カイトは低い声でそう呟いて、やっぱり不機嫌そうにラーメンに戻った。あー、オレも早く食べないとのびちまうなぁ。でもちょっと今は幸せすぎて、嬉し涙が落ち着くまで食べれそうにない。

「いらっしゃーい」
と思ったら、新しいお客さんが入ってきて、店員さんの声が飛んだ。何の気はなしにつられて入口の方を見たら、
「ぅえぇええ!?」
オレは泣いてる最中だったってのに、あまりにびっくりしてすごい変な声が出た。
「ハァ?テメーら何やってんだ」
「シャークゥ!?」
あまりにも見慣れた紫の服。まさかシャークがここに来るなんて思ってなかった。ええ、たまたま?妹の見舞いの帰りか何かか?こんな偶然ってあんの?
シャークも相当驚いてたけど、オレの顔を見るとすごいムッとしたような顔になった。そんで、真っ直ぐカイトの横に歩いてって、
「ていうかテメー何遊馬泣かしてやがる」
「ええッ!?」
凄い剣幕でシャークが言ったことに、思わずオレが声を上げちまった。いやいや誤解だし!?と思ったけど今入ってきたらそう見えてもしょうがないのか?だとしたらカイトにとって超迷惑じゃね、オレ?いやとにかく誤解を解かねえと!
「気持ち悪い言い掛かりをつけるな。こいつが勝手に泣いているだけだ」
と思ったら、オレが何か言う前にカイトが、シャークの方もオレの方も見もしないで、文字通りズバッと切り捨てた。ズババナイト。
「なッ!ひでーなオイ!」
オレは反射的にそう声を上げたけど、カイトらしいっちゃらしいのかな。見ればアストラルも笑ってた。シャークも、その様子を見て何となく納得したんだろう、チッとか何とか言ってカイトから目を逸らしてた。
「アッ、そうだ、せっかくだからシャークも一緒に食べようぜ!食いに来たんだろ?」
オレは思いついて、シャークがどっか行っちゃう前に急いでそう言った。シャークはじろっとオレを睨む。カイトは無反応だった。
「なんでテメーらと…」
シャークって本心はどうでも、こういう時って心底嫌そうな声出すんだよなぁ。まぁでもオレとシャークの仲で、そんなの真に受ける必要ねーよな!
「メシはみんなで食った方がうめーだろ?」
オレがそう言ったら、カイトがちらっとオレを見たのが分かった。オレはシャークをずっと見てた。シャークは嫌そうな顔したまま黙ってたけど、何となく分かってたから笑って待ってられた。
「ったく」
しばらくして、仕方なさそうにシャークはオレの隣に座ってくれた。
「へへっ、おばちゃん、醤油一つ追加でー!」
「はいよー!」
「なッ、テメー勝手に頼んでんじゃねえよ!」
オレは嬉しくなって勢いでオーダー入れて、シャークに怒られる。でも笑ってゴメンゴメンって言えば、不機嫌そうに舌打ちするだけで、その場で頬杖ついて醤油ラーメンを待っててくれる。
カイトはそんなオレたちには心底興味なさそうに麺を啜ってて、でももしまた財布を忘れてたら、呆れた顔してお金を払ってくれるだろう。
立ち上って消えてく湯気みたいに目に見えにくいけど、カイトもシャークもオレに優しい。オレがそう思ってるのと全然違わないで、オレのことを仲間って思ってくれている。
それが分かるから、オレはこれからも安心してかっとび続けられるんだ!


back