がりり
浴室はランク別だ。
中でもマスターランクのキャプテンは三人だけ違う時間に浴室を使う。私が使う時必然的に浴室は一人か、せいぜい二人のことが多くて、三人以上集まることはほとんどなかった。あったからといってどうだということもない、ただすれ違うだけだけれど。
バーンと鉢合わせになったとしても、それは同じ。
バーンとは寝る仲を持った。でも、風呂で会った時はそれはそれ、挨拶くらいは交わすが無干渉だ。
誰かが来るかもしれないからとかそんな可愛らしい理由は持ち合わせていない。ただ、そんなことにうつつを抜かしていたら、体を洗うという当初の目的が見失われて、本当に大事なこと――サッカーでジェネシスを目指すこと――に支障が出ることを、互いに分かっている、ということだ。バーンがどう考えているかを直接聞いたわけではないが、彼もそう思っていると思う。
その日もキャプテン会議があって、少し自室で休んだあとに浴室に行ったら、バーンが体を洗っている最中だった。
「あ」
「おぅ」
目が合ったので、互いに一言だけ、最短の声を交し合う。
私はその2つほど手前のシャワー台を使った。
会話もない、ただ各々黙々と洗うだけ。風呂でバーンと二人だと、いつもそうだ。
その沈黙が気まずいわけでもない。特に心地いいわけでもない。ただ自然と黙っている。
髪の間まで湯を通すのが好きで、私はいつも長いこと髪を流す。でもシャワーを頭から浴びたら、どうしたって目を閉じてしまうから周りが見えなくなる。
シャワーの水音が世界の全てになる、その感覚も悪くないと思ってる。
いつものようにそうやって、長いこと湯を浴びながら、髪を手で梳かしたりかき上げたりしていた時。
「無防備」
耳元でいきなり声がして、
首筋にがりっ、と歯の感触、続く鋭いような滲むような痛み。
「――!」
思わず睨みつけたら、バーンは目を細めて笑っていた。
金色の目、八重歯。まるで獣。
「あとで、来いよ」
普段より、ワントーン低い声。
私は無表情に戻ってバーンを見る。
3秒、目と目で戦う。
おもむろに目を逸らしたのはバーンが先で、
何事もなかったかのように去っていった。
別に言うことなんか聞いてやらなくてもいいけど、
『あとで、来いよ』
最低限の情報以外のものが全くこもっていないその言葉が気に入って、少し念入りに体を洗うことにした。
鈍い痛みが残る首筋を指でなぞったら、体を駆け抜けた歓喜の予感に思わず口元が歪んだ。
***********
「何のつもりだ」
「何が?」
「これだよ」
バーンの部屋に行って開口一番、首を指差してそう言えば、
「いいだろ?お前だって気に入ったから来たんじゃねえの」
デスクで何か書きながら鷹揚な風に言うバーン。見抜かれてる、だがまぁ悪い気はしない。
「変態だな」
私は言いながらベッドに座った。バーンはチラと目を寄越したあと、書き物を終わらせて、ペンを片付けだした。
「どっちがだよ、やる気満々のくせに」
「…何だ、可愛らしく恥らってでもみせればよかったのか?」
「別に」
バーンが私の目の前に来た。二人とも立っていれば背では私が勝つくらいだが、こうやって座っていれば見下ろされる。
バーンの手が伸びてきたから、私はそれを捕まえて指二本口に含む。丁寧に舐めて、指の間にまで舌を這わせて。バーンは動かない。わざわざ顔を見たりはしないけど、きっと無表情なのも予想がつく。
最後に、がり、と歯を立ててやった。
「…ッテ」
バーンが短く声を漏らした。指を口から出して、皮が破れてるところをわざとらしく舐めてやる。血は出てない、ただ皮が破れただけの傷。血の味はしないけど、少しだけ塩っぽい。そのことに満足してから、私はバーンの手を放り出した。
「…野郎」
バーンは低くつぶやいて、笑みを浮かべた。笑ったまま私が舐めた傷に舌を這わせる。その獣じみた様に思わず見惚れていると、バーンが急にその逆の手を伸ばして私の頭を引き寄せた。噛み付くように唇を奪われ、性急に貪られ、その間にさっき私が噛んだ方の手を、首の噛み傷に押し付けてきた。傷同士が触れ合って、でもバーンの傷がまだ濡れているから、ざらりとしながらもじっとり塗りつけられるような感触が首筋を這い上がる。あぁ、何だ、やっぱり血出してやれば良かった、そうしたら血を塗りつけてもらえたのに。そんな想像をするだけで興奮が激しくなって、私もバーンの頭に手を回した。
わざと音を立て合って、何度も深くまで、そうしているうちにバーンの手が傷から滑り降りて私の肩を押した。逆らわず倒れこめばスプリングが軋んだ。
離れようとするバーンの舌を、私は歯を立てて止める。逃がさない、私のモノだ。
「…ってぇな」
角度を変える時、唇を合わせたまま、バーンが文句をはさむ。予想通り、次は私の舌が噛まれた。私は甘噛みにしておいてやったのに、がりっと音がするほどの強さ、痛みのあとに滲む血の味。まぁいいさ、それも一興。口の中に広がる鉄の匂いを逃がさないように二人で舐め合う。興奮してきたバーンが性急に私のTシャツの裾から手を潜らせてきた。私が噛んだ方の手、乾いてきてざらつく傷をわざと擦り付けるように肌を撫でてくる。その痛痒い刺激がもどかしい、早く欲しい。気付けば片膝立てていた、バーンの膝が私の足の間に入り込むのとほぼ同時に。
「変態」
からかうようなバーンの声、でも普段より低い。
「君に言われたくないね」
言い返す私も少し低い声。早くしろ、とばかり、バーンの頭を首筋に引き寄せる。
傷を舐められた。舌がそこから這い上がって、髪の生え際、皮が少しだけ柔らかいところに至った時、急にがりっ、とまた噛まれた。
「ひ…っ」
思わず喉が鳴る。バーンがその場所で笑った。噛まれたばかりのところにそんな息がかかるとゾクゾクする。
と思ったら、体を撫で回していた手の傷が私の乳首を捕らえ、きつくつねられた。
「…ぁ」
引っ張って爪を立てられて、転がしてつぶして、バーンの手は乱暴で性急だった。でもそれがいい。私は女じゃないんだから、そこは痛いくらいの刺激がちょうどよかった。見抜かれているのか、私のことなんか関係なくバーンがそうしたいからなのかは知らない。
バーンの歯が滑り降りてきた。鎖骨下の皮の薄いところを噛まれて吸われる。思わず息が漏れる。痕になるな、と思った。そう思っている間に、バーンは長居はせず逆の乳首へ降りてきた。一舐めされた後、思いっきり歯を立てられる。
「ぅあ…ッ!」
思わず喉が反る。バーンはまた息で笑った。嘲笑と満足がない交ぜになったようなその笑い方は好きだった。彼は私を抱く時よくこういう笑い方をする。
「あは…っ…はははっ」
興奮して高くなった声で、喉を反らせたまま私も笑った。それを聞いたバーンがチラッと私を見上げた後、また強く噛みついた。
「はぁ…っ!!」
手で弄られている方も全然休ませてくれているわけではなくて、歯での刺激と手や爪での刺激が同時だったり少しずれたりバラバラだったりして、あぁ、理性的な思考が飛んで行く。手をバーンの頭にまわして、入り込んでいる膝に股間をすりつける。そこはもうすっかり熱くなっていた。
「ハッ、マジで淫乱野郎だな!」
バーンが顔を上げて笑った。さっきまで私の乳首を噛んでいた犬歯が鈍く光っている。そう言っておきながら、私の片足をまたいでいるバーンの雄だって、もう弾けそうな熱さだった。足が溶かされそうなほどに。
「ハハッ…その淫乱相手にそんなにしておいて…よく言うよ、な!」
私はそう言い返して、膝を曲げてやった。バーンの熱くなったそれを膝でぐりっとこねるように潰してやる。ウッ、とバーンが低く呻いた。思わず唇が歪む。
お互い様、それは分かっているけれど、私達は罵り合うのをやめない。そういう関係だった。
バーンが下半身に移動してきた。待ちわびた指が性器に触れる。
「あぁ…っ」
もう既に熱くなっていたけれど、バーンの手は格別だった。同じ男だからこそ、強いところも弱いところも知り尽くしている。その、弱いところに傷が擦ったり離れたりする、微妙な刺激が加わって、正気でいられなくなる。
やられっ放しでいるのも性ではないので、私はバーンのTシャツの袖を引いて主張した。バーンも分かったようで、私の顔の上に跨って来る。簡素なアンダーウェアの中から半勃ちしたそれを取り出して、思わずうっとり眺めてしまった。両手で丁重に掲げ、先端を軽く舐め上げて、それからわざと歯に当てた。歯を立てるのではなくて、歯に塗りつけるように。どうせ出てくるのは白いものなのだから。そうしてやってから丹念に舐めてやる。指と舌とで交互に擦り上げ、それから口内に含む。だんだん硬度を増していくそれが愛おしくて、頬擦りしてしまう。
そうこうしている間に、バーンも私のものを咥え込んだ。いきなり感じた熱の上昇に体が跳ねる。その衝撃で顔に当てていたバーンの熱が私の頬を擦りながら口の中に飛び込んできて、歯と歯の間に入った。
「ぁぅ…ぐ」
思わず息が詰まって、歯に力が入ってしまう。意図せず、バーンを甘噛みする結果となった。
「…っ」
バーンが一瞬動きを止める。
嫌な予感がする、と思ったら、私自身から口を外して、その奥、会陰の辺りの皮膚に舌を伸ばしてきた。そして袋の方へ徐々に移動していくのが感じられる。まさか、と思って青くなった。さすがにそれをやられたら、命が。
バーンはそこで笑ったようだった。そこに息がかかる。快感と恐怖の両方にゾクッとして、立てた膝に動揺が走る。バーンは今度は気のせいでなく嘲笑じみた息を漏らし、私の口内に入ったまま腰を揺らしてきた。
「うぐっ」
お留守だぜ、という言葉がなくても聞こえてくるようだった。
イラッとして、思わずそれを口から一旦出し、棹に噛り付いた。当然傷がつくほどの力は入れなかったけど、妙に柔らかくてそれでいて硬くて熱い、変な歯応えが染み渡る。ここで私が歯に全力をこめたら簡単に殺せる、でもそれはバーンも同じことで、私達はお互いの命を握り合っているのだった。
バーンと全力で殺し合ってみたいなと思った。彼とぶつかり合うのはサッカーのルールの中でさえあんなにゾクゾクするのに、何のルールもなく、命が尽きるまで戦ったらきっと楽しいだろうなと夢想する。
バーンは、その急所は弄ぶだけ弄んで外し、その付け根のふやけた皮膚に噛み付いてきた。
「ぅ…あぁ…!!」
そんなところを歯で引っ張られたら、前も後ろの入口も引きつって、痛みなのか快感なのか分からないけどどにかく何かが押し寄せて目に火花が散る。
バーンはそこを噛んだまま後ろに手を伸ばしてきた。もう初めてでもない蕾は指を拒むこともない。だがさすがに傷のざらつきを感じることはできなかった。
「ぅ…っ」
この体勢ならこの時だって仕返ししてやりたいところだったが、今はバーンが奥をついてきたり指を増やしたりする度に歯で押さえられたところが引き攣るので、何もできずに歯を食い縛っていることしかできなかった。バーンの尖った歯がそこを噛んで押さえているところを想像すると、そのまま引きちぎられそうな気がする。バーンは元々獣じみた光を宿している。比喩でなく私は捕食されてしまうのだろうか、しかもそんなところから。
でも私は黙って食べられるような大人しい生き物では残念ながらなかった。食われるのなら食い返して、互いに食い合って共倒れしてやる。
バーンが身を起こそうとした。挿れるつもりだ。やられてばかりでなるものか。
私は離れていこうとするバーンのペニスに、最後強めに歯を立てた。
バーンはイラッとした笑みを浮かべて私をチラッと見た。そして私の手を振り払うと、体勢を素早く変えて私の脚を抱えて持ち上げ、性急に入ってきた。
「ぅあぁああっ…!!」
大して広がっていなかったようで、切れたりはしなかったが進んでくるたび抉られるような感覚があった。その、一杯に広がる熱で、奥の一番感じる点を思いっきり擦り付けられる。
「か…っ…くはっ…っあ!!」
噛んだり何だりしていた間に本番のことを失念していて、いきなりの直接的な快感に息ができなくなる。バーンはそのまま間を置かず激しい出入りを始めた。
「あ…ひゃっ…も…ぅあッ!!この…や…ひあぁっ!!」
言いたいことも言えずに喘がされる。ここまで昂ぶらされたのは久しぶりだった。こんな時に限ってバーンの動きも熱も普段より激しくて、体ごとガクガク揺すぶられ、憎まれ口を利く余裕さえ吹き飛んでいた。女々しい羞恥心なんかは元々持ち合わせていないけど、ここまでやりたい放題喘がされるのは悔しい、けど、止まらない、止まらない!
「ははっ、ざまぁねえなこの淫乱!!」
バーンが私を揺すり上げながら歪んだ笑みで言った。自分の勝ちを確信している顔だった。私はこの顔が大好きで大嫌いだった。あぁ確かにこのままだと負ける、けどそんなに簡単に負けてなるものか。
私はバーンの肩を引き寄せ、首元に全力で噛みついた。
がりり、と音がして、皮が破けて血が滲む。
「…ッ!」
バーンが息を詰めた。プロミンネンスのユニホームでは隠れないと分かっているところだった。
「テメッ…!!」
バーンが歪んだ顔で私を睨み、手を上げる。平手で叩かれた私は、それに満足して不意打ちで締め上げた。バーンがまた息を詰める。まだまだ勝負を終わらせる気はない。
私達はどうしたって戦い合う仲だった。
愛と一番遠くて、だからかえって近い場所にいるのに違いなかった。
それがあるから、サッカーも、駆け引きやセックスも、愉しくなる。
まだまだ愉しませてもらうよ。こんなものじゃないだろう?
***********
それから先は、浴室で二人の時、たまに似たようなことが起こるようになった。
あとで来いよ、か、あとで行く、の二択。
でも二人になれば毎回、というわけでもなく、大体不意打ちだ。本当に気紛れな獣。
まぁ、大目に見てやるよ。
その分私を愉しませてくれるのだからね。
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