Flight☆Panic
大学に入り、もう体は完全に大人、気分もほぼ大人になってんのに、こんな下らないことで騒ぐハメになるとは思わなかった。
「無理は無理だっつーの!何のつもりだテメェ!」
「何のつもりとかテメェとか、言いすぎだろ?ここまで来て入場料まで払って、目玉も見ずに帰るのはもったいないと思わないのか」
俺と涼野は、いわゆるめっちゃ高くて展望台をウリにしてるタワーみたいなところに、完全に暇潰しの体で遊びに来てるところだった。
それまでからしたら思いも寄らないことだったけど、エイリア学園崩壊の直後に、うっかり体の関係を持った。韓国で、付き合うことにした。殺伐とした関係から始まったから、最初は付き合ってる、って言うならまだしも、恋人っていう称号になるってことがどうしても違和感だらけだったんだけど、こいつの隣自体は、考え方は結構食い違うところもあるのにどういうわけか他のどこより居心地がよかった。それは多分こいつもそうだ。こいつに面と向かってお前を愛してる、なんて言ったことはなかったけど、打てば響くような会話の戦いとか、大成功したり壊滅的になったり忙しい料理とか、もちろんサッカー、その他のスポーツだってちょっとはやってみたりしたけど全部こいつと一緒だったし、とにかくこいつとの時間は彩りがハンパない。愛してやるのも大好きだし、こいつも俺に愛されて歓んでいる。こいつのことだったら何でも知ってたし、こいつも俺のことは何でも知ってるはずだった。
だから俺が高所恐怖症なのも知ってるはずだし、こいつ自身高所恐怖症のはずだ。
なのに涼野が今執拗に誘って指差しているのは、
『右側二機 クリアフロアーエレベーター』
要するに、展望台までのエレベーターのその右側二機、床が透明で足元にずっと下の景色が見え続けるという、ドMが考えたとしか思えない仕様のシロモノを示す看板だったのだ。
まぁこの歳になるまでに高いとこ行かずに生活するなんてことあるわけないし、そもそもエイリア学園の時の台座だって高かったりして、俺も全くダメというわけじゃあない。展望台に行くこと自体はやぶさかじゃないというか、何とかいける。涼野も多分そんな感じだと思ってた。
けどこれは別格の話だ。楽しいデート(っぽいもの)でわざわざ望んで体の芯に凍みるほどの恐怖を味わわなきゃいけない理由がどこにあるんだよ。あぁそれこそ凍てつく闇の恐怖だよ。そんなん言ったらこいつがますます喜ぶだけだから絶対言わないけど。
「乗ってくれたら今日は1回切符で3回やらせてあげる」
「!…」
こいつは自分のスケジュールと体力体調を加味して、週間切符を作っている。俺は毎週、こいつが決めた枚数の切符を支給され、一回抱かせて頂くごとに一枚切符を使う。妙なシステムだけど結構合理的で、こいつが回数を決める権利、俺はタイミングを決める権利があるし、何より相手に無理を強いずに済む。
だから1枚の切符で3回なんて、俺にとってはこんなご褒美はない。一回目閉じて耐えてりゃ終わるエレベーターの代わりに2回ボーナス、だったら、まぁ、いいか…?
「二言はねえだろうな」
「もちろんさ。さぁ行こう」
ていうかこいつだって高所恐怖症のはずだろ?何でそこまでして乗りたいのか、乗ることにこんな嬉々としてんのか、これだけ長いこと一緒にいんのにまだ理解できないことってあるんだなぁ。俺は呆れきって、列に並ぶべくうきうきと歩く涼野の後ろ姿を眺めた後、諦めて歩き出した。
*****
エレベーターはマジで名物らしくて、乗るのに何回か見送らなきゃいけなかった。趣旨的に、エレベーターは毎回満員ってわけじゃなくて数人ずつで稼動してた、ってのもあるんだけど、それにしても世の中物好きが多いもんだ。せっかくだから下から見たらかわいいコのスカートの中でも見えねえかなと思ったんだけど、うまいこと見えないようにできてやがる。
そういう感じで回転が速かったわけじゃないけど、そう何十分も何時間も待たされることはなく、俺たちの順番は巡ってきた。まぁここまできたらもう乗るしかない。涼野を見たら実にご機嫌だ。
「ホントに透明だよー!」
「わぁあすごーい」
「○○ちゃん大丈夫?」
「た、たぶんね…」
同乗した女子の集団にも、恐らく同じようなのがいたんだろう、箱の中は黄色い声が飛び交ってる。くそ、そしたら余計に俺が騒いで醜態さらすわけにいかないし、絶対下は見ないようにしよう。
「ドアが閉まります」
エレベーターガールの姉ちゃんが死刑宣告みたいなことを言って、外の音が遮断された。間を置いて、床がフワっと浮く、エレベーター独特の感覚。俺たちは壁際にいたので、涼野は壁に片手をついて下を覗こうとしていて――多分怖いもの見たさという奴だろう――、俺は逆に壁に背でもたれかかり、努めて斜め上方向を見てた。
「このエレベーターは三方の壁と床が透明になっており、展望台までの高さの推移を楽しんで頂くことができます…」
動くエレベーターの中で、エレベーター嬢がすらすらと解説を話し始める。階の数字の移り変わりを見てたら、結構なスピードだ。下を見てる女子が高いーやだーとか黄色い声を上げ出して、箱の中は騒がしくなった。
「やばい」
そんな中隣から涼野の声が聞こえた。仰る通りだろうよ、だから俺は見てないんだっつの。
「やばい、やばいやばい晴矢やばい、やばい、これ」
と思ったら結構聞いたことないような切迫した声になってきた。
俺がチラっと見たら、
「これはやばいって、ちょっと、」
そもそもこいつがやばいって言葉を使い出す時点で何かおかしいと思っとくべきだった。
「キャアアアアアアア」
「ヒャアアアアアアア」
「ワアアアアアアアア」
騒ぐ女子の声に紛れて、世にも珍しい涼野の悲鳴。
「……」
俺はその涼野の姿を見てたら、なんつーか、ちょっと足元が目に入ったりもしたんだけど、全然落ち着いてられた。
周りも騒いでて、あと声がそこまで野太くなくてよかったな、あんまり目立たなくて済んだぜ。
*****
「仕方がないじゃないか、怖いもの見たさだけど怖いのは怖いんだ」
キャアキャア言ってる女子の集団と一緒に件のエレベーターから降りて、ソフトクリームを買って食べながら展望台からの景色を楽しんで、涼野は淡々と――どういうわけか実に淡々とそう言って自己正当化していた。いや全く正当化されてないんだけど。でも特にアップセットするでもなく、逆に開き直ったり威張り散らしてるわけでもなく、いつも通りの調子で言ってるところがなんというか、面白いというかこいつらしいという感じだった。
「知るかよ。俺逆に落ち着いたわ」
呆れ9割感心1割で俺が溜息混じりにそう言うと、涼野は俺の方を見て、ソフトクリームの残る舌を出しておどけてみせた。
「……」
男だし憎たらしいしさっきみたいな意味分かんないところもあるし、かわいいとかじゃ全然ないんだけど、
「あ、向こう富士山も見えてる」
「おー」
残念ながらこいつと見る景色が、やっぱり一番鮮やかなのだ。
*****
「ところで降りる時はどうすんだよ」
「……普通でいい、いやお願いします」
「あ、さっきの切符の約束は守れよな」
「当然さ。私もそうしたいのだからね」
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バカバカしい話が書きたくなりました。満足している