ダイヤモンドの雨
目を上げたら、真っ白な世界だった。
ほんのり明るくて、時々光の粒かなって思うようなものがチカチカ反射する。
オレはゆっくり周りを見回して、
(……ああ)
少し離れたところに周りに溶け込みそうな白い服、オレが一度も勝てたことなかったフォトンモードの姿を見つけて、これは夢なんだな、って思った。
「カイト」
オレが呟いても、その空間に声は響かなかった。というか、ここは自分の声以外が聞こえるのかどうか分からないくらい何の音もしなかった。
カイトは立ってて、オレを見下ろして、キレイな顔で微笑んでる。
『泣くな、遊馬。お前は最後の希望だ』
カイトがオレにそう言い残した時と同じ、その時にしか見せてくれたことのなかった、穏やかで優しい笑顔だった。
「なぁ、カイト。オレ、もう泣かないぜ。絶対にドン・サウザンドに負けねえ」
オレはカイトに近寄って、そう言った。カイトは動かない。聞こえてんのか、わかんなかった。カイトは、表情はほとんど変えないまま、オレを見たまま、ゆっくりまばたきしてた。
「お前が残してくれたもの、オレがぜんぶ…」
言いながら、また涙があふれてくる。カイトの顔は、目は、すごくきれいだった。今までと何にも変わらずに。
これは、夢なんだ。カイトに会えることは、もうない。
「……泣かないって、言ったばっかなのにな。ごめん、ほんとに」
オレは次々にあふれては筋になる涙を無視したまま、カイトをじっと見た。目は逸らさない。カイトに、オレの今の気持ちを、分かってほしいから。カイトのこと、少しでも見てたいから。
カイトは相変わらず、黙ったまま、ゆっくりまばたきを続けてる。
「でもオレ、かっとビングするぜ。絶対に、これからも」
オレは、泣かないって言ってんのにどんどん落ちてくる涙はそのまんま、口を笑いの形にした。
歯を見せる。気持ちの通りになるべく強く笑えるように、目に力をこめて。
「だから、安心してくれよ」
カイトが、オレに残してくれた気持ちは、ひとつも無駄になんかならないんだって、伝わるように。
『 』
オレは目を見張った。
カイトが、何か言った。唇を、動かしてた。
でも、声が、聞こえてこない。
「なんだよ、カイト…聞こえねえよ…なんて言ってんだよ!?」
オレがその手を思わずとって食い下がったら、カイトは一瞬、少し困ったような笑みを浮かべた。
それからまた一つ、ゆっくりまばたきをして、優しい顔に戻る。
もう一度、唇をゆっくり動かす。
『 』
やっぱり聞こえない。
「カイト!!」
オレは思わず手を伸ばした。
*****
自分の手の甲が見えた。その向こうは、赤黒い空間だった。
バリアン世界に向かう時空の狭間の色。飛行船のデッキでオレはあおむけ。夢から、覚めたんだ。
オレは寝ながらぼろぼろに泣いてたみたいだった。あぁやっぱり、泣かないって言ってんのに、夢の中だけじゃなくて実際にも泣いちまってる。オレは腕で涙をぬぐった。しっかりしねえと。こんなんじゃ、カイトが安心できねえよ。
聞こえなかったカイトの声。カイトは、あの時、伝えたいことはぜんぶ伝えてくれた。言葉の上でも、そうじゃなくても、カイトがオレに何を残してくれたのか、分かってるつもりだ。
だから、夢だからって、これ以上話なんかできなくて当たり前なんだ。
カイトが死ぬ前に見たオレは、ズタズタになってたんじゃないか。
オレが大丈夫だって、カイトに伝えられなかったんじゃないか。
カイトが死んじまったあと、そんなことばっか思って、だからあんな夢なんか見たんだろうけど。
伝えることはできたんだろうか。
「……」
オレは、胸に手を当てて、震えてるままの息を一回、大きく吐いた。
(……きっと、できた)
だって、聞こえなかったけど、分かる気がするから。
あの時カイトが、何て言ってたのか。
『無理に涙を止めろということじゃない』
オレは、夢の中と同じように、目の前にはいないかっこいいやつに、強く笑いかける。
「…あとは、見ててくれよな、カイト」
そう、あとはオレがやりとげるだけ。カイトに見られてても、恥ずかしくないように。
絶対に、間違えたりしない。
『お前は、大丈夫だ』
135話は都合10回ほど見ましたが10回とも号泣しました
back