DIAMOND
DUSTの続き
その夜、私は歩いてバーンの部屋へ向かっていた。
『じゃあお望み通りうんとひどくしてやるよ、後で部屋に来な』
だからと言って別に行く必要はなかった。バーンが私を抱くようになったのは成り行きであって、私に執着しているからではない。無視しても何も言われないだろう、どころか、言われた通りにした方が嘲笑われるに決まっている。なのに気付いたら、私は自分の部屋を出ていたのだった。
マスターランクの居住区は円のようになっていて、一周すれば戻って来れるようになっている。私の部屋はダイヤモンドダスト居住区の左端にあった。左隣がガイア、右隣がプロミネンスの居住区だから、バーンの部屋に行くためにはダイヤモンドダスト居住区を丸々横切らなければならない。部屋を出た時左手にチラと見えるガイアの居住区は、カラーリングが混じりけのない白だった。私のダイヤモンドダスト居住区はうっすら青。逆にプロミネンスはうっすら赤い。チームのカラーそのままだ。
今日の昼間プロミネンスに負けたことは、随分前のことに思えた。けれど、敗北感だけが色褪せず、ずっと心が何となく重いままだった。明日からまた気持ちを切り替えなければいけない、そう思うのに、何だか引き摺りそうな予感がした。今まで一人でチームを背負ってきて、それが当然で、勝っても負けても変わらなかったのに、何故だろう?――それは今日、ロッカールームで交わり合ったことも関係あるに違いなかった。あそこでバーンの手に身を委ねてしまったから、心が弱って自力で立つのがいつもより苦しくなっている。
なら、この心の波を他ならぬバーンに投げて収めさせるというのも悪くはないだろう。利用できるならしてしまえばいい。こんなことまで全て一人で抱え込むなんて馬鹿馬鹿しい。他の日だったらどうか分からないが、少なくとも今日は、何だかそういう投げやりな気分になっていたのだった。
壁の色が青から一瞬ピンクを通って赤くなる。それから間もなく、バーンの部屋になる。
この壁を見る度、思い出すことがある。コランダムの話だ。
ルビーとサファイアは同じコランダムで主成分は同じ。だけど、サファイアよりルビーの方が純度が高くて、たとえ限りなく赤に近くても、不純物が一定値以上入っていたらそれはピンクサファイアという名前に変わるのだそうだ。そして、どんなに純度の高いルビーでも、コランダムである限り硬さでダイヤモンドには敵わない。無色でありながら虹色の煌めきを持つダイヤモンドは、硬度でもすべての宝石の中で最高を誇るのだ。
私は宝石の云々にそこまで詳しくもなければ興味もあまりない。ただ、その話を聞いた時、まるで私とバーンとグランのようだと思ったのだった。どう考えてもスペックが上のガイアやプロミネンスに勝とうとする私は、ルビーにもダイヤモンドにも敵わないくせに足掻いている愚かなサファイアなのではないかと。
バーンの部屋に入ったら、主は奥の方にいた。椅子に座ったまま振り向いて私の姿を見た彼は、何の意味合いも持たない文字通りの無表情だった。それが、しばらくしたら、ゆっくりと獣じみた笑いに変わった。
私はゾクッとしたものが足元から首筋まで駆け上がったのを感じた。バーンは、この男は、私を待っていたのだ。私という獲物が飛び込んできたことを、心底悦んでいる。バカな。本気にしたのかよ、とか何とか、とにかく嘲笑われると思っていたのに、そんな。
「よぅ、来たな」
「……」
バーンはその表情のまま、それは楽しそうに言った。
「こっち来いよ」
私は相変わらず何も答えられなかった。けれど思考しようとする力がどんどん麻痺していき、その指が私を招く動きにふらふらと魅せられて、考えの麻痺した足を一歩、また一歩とバーンの元へ進めていく。本当に、心が弱っているのだ。それを妙に自覚する。
その目の前まで来て、座る彼を見下ろした時、私はせめてもの虚勢で侮蔑の笑みを浮かべた。
「来てやったよ」
なのに、見下しているのに、全然優越感がない。私の心は、君に屈服する瞬間の悦びを覚えていて、それを待ち望む思いを堪えきれないんだ。
バーンはそんな私の心を見抜いているようだった。けれどそれに触れてくることはなく、相変わらずぎらついた笑いを浮かべたまま、
「言ってろよ」
その手をゆっくり伸ばしてきて、私の腰を抱いた。
いいさ、なら好きに汚せばいい。元々綺麗なんかじゃない。
私は純度の低いサファイア。ルビーの君に汚れを注ぎ込まれて、もっともっと青くなろう。
「あ、ア、ぅあぁッ…」
私は床の上でのたうち回っていた。身体中が熱い。まさかバーンがそんな薬を持っていたなんて。私に飲ませたカプセルを自分でも舌の上で転がしながら、楽しそうに私を見下ろしている。
「研崎んとこからパクってきたんだけどよ…すげぇ効き目だな?」
バーンが頭の上で言っているのが聞こえるけれど、内容なんて半分も理解できない。ただ体で荒れ狂うこの熱が、熱が、熱が。
バーンがギシ、と音を立てて立ち上がった。そのまま床に這いつくばる私の目の前に立ったので、足先が見える。私が震える息を抑えながら睨み上げたら、バーンはニヤニヤ笑いながらしゃがんできて、私の髪を掴んで引っ張り上げた。
「っぐ…!貴、様…!」
思わず悪態が口からこぼれる。バーンは答えずに、笑ったまま舌に乗せていたカプセルを噛み潰した。そのまま私の唇を奪い、中身の粉を私の口内に塗りつけてくる。粉が舌の間で唾液に溶けて、私は二人分の唾液ごと、それを嚥下させられた。
「ホラよ、もういっちょ頑張んな」
唇を離したバーンは舌舐めずりしながら私の髪を離した。私は成す術なく崩れ落ちる。直後はそうでもなかったけど、やっぱりじわじわ熱が上乗せされて増幅していくのを感じる。
「…ぁ、はぁ…ッ、…アァッ…」
私は自分の体を抱きしめて、床を転げ回る。みっともないなんて言っていられない、言い知れぬ快感が身体中を駆け巡っている。
仰向けになった時、私を見下ろすバーンの顔が見えた。と思ったら、足の裏が目に入り、次の瞬間喉を踏みつけられる感触がある。もちろん力は入っていない、けれどそのまま力を込められたら間違いなく殺される、と思った。
私が踏みつけられたまま荒い息を吐き出し続けていたら、バーンはその足に力は込めないままそろりと左右に動かし出した。喉を足で撫でられる。普段ならどうか分からないけれど、薬で興奮しきった体には鋭い刺激になる。
「あぁあああッ…!ひ、ぁ、ァアアアッ…!」
それまで必死に合わせていた膝が、快楽に力が抜けて、昂りきっている股間を隠す役割を放棄する。揺れる視界の端に、バーンの顔も見える、その目が当初の余裕な笑みよりも興奮した光を宿しているのを見つける。あぁそうだ、二回目はバーンだってカプセルの中身を少し摂取するようなやり方だった。
「あ、はははッ…」
私は思わず声を上げて笑った。バーンが訝しげに眉を寄せる、予想通りの反応だ。
「君、も、サファイアに、なる、のかい…」
私は切れ切れに言った。自分でも言っていることの内容をよく分かっていなかった。だからバーンに伝わるはずもない。バーンは案の定意味が分からないという顔をして、それから足を退けた。
私は熱に浮かされて、着ていた部屋着のシャツのボタンを自分で外した。でも手が震えてうまくできない。それで肌が布と擦れ合っても刺激になって、もう耐えきれない。三つ目まで外したところでどうでも良くなって、下半身に思わず手を伸ばした。
そうしたら、私が自分の中心に触れる寸前、バーンが私に覆い被さって私の手を絡め取ってしまった。逆の手で、私が途中まで外していたボタンを外し、中に手を滑り込ませてくる。
「ひぁああァッ…!」
その手が胸の突起を引っ掻いた瞬間、私は悲鳴に近い声を上げて達していた。でも解放感がない。足が勝手に跳ね、全身が痙攣して、服の中を濡らすだけ濡らしておきながら、またすぐに勃起が始まるのだ。私は信じられない思いだった。この興奮の仕方、男ではなくなってしまったみたいだ。
「いいじゃん、お前女にされんのが好きなんだろ…?」
バーンがそう言いながら、私の衣類を剥いでいく。
「俺にな」
そしてそのまま、私の後ろに指を突き入れる。つぷ、という音が聞こえてきそうなスムーズな挿入。
「あ、ぁ…ん」
私は否定したかったのに、逆にその言葉を肯定するような喘ぎ声を上げていた。否定?でも本当に否定したかったのだろうか?バーンに犯され汚されて、征服されて好きにされる、それを自分から求めに来て、こんなに夢中になっているくせに。
あぁそう、でも女じゃなくて。
「ぁ、あ…!女、じゃない…サファイアだ」
「さっきから何言ってんだよ」
バーンは広げるのもそこそこに、私の体を開いていった。薬に崩れた私の後ろはそれでも容易に綻んで、やっぱり薬で興奮しきっているバーンの怒張を受け入れる。私はやっぱり高く叫んで、それだけで二度目の絶頂に追い詰められる。
「お前は、ダイヤモンドだろ…」
痙攣する私の体に覆い被さってきたバーンが、耳許でそう囁いてくる。私は一瞬、思考が停止した。ダイヤモンド?それはグランだ。私は汚れたコランダムに過ぎない。
「ハハッ…綺麗だぜ、ガゼル」
それなのに、バーンはそう言って私を揺さぶり始めた。そうされればまた逆らいようもなく、痺れるような快感に任せて私も彼を貪る。
見ればバーンの目には、私が映っている。
「あっあっあぁあっ…」
君の目にはこの愚かで汚れた男が、ダイヤモンドに見えているのだろうか。
そう思ったら自分でも意識しないうちに、私はバーンを引き寄せていた。互いの目の中を見て、見て、気付いたら、キスを交わしていた。
(わたしが、ダイヤモンドなら)
予想もしない甘苦しい唇の交わりと、それより数倍激しい下半身からの快楽の海に身を任せながら、私は浮わついた頭で考える。
(君は一体、何なんだい)
何度も、もっと抱いて、とねだった。一度終わればすぐにまた。バーンは何故か、何も言わずにそれに応えた。薬が切れてきたら勢いも緩んで、何だか錯覚しそうになる。私達は恋人じゃない。断じて違う。なのにこの交わりは、甘やかに愛し合うかのようだ。あぁどうしてこうなったんだろう、私はひどくしてくれると言うからここに来たんじゃなかったのか?
「な…ぜ…」
「あ?」
「何故、だ…っあ!君は…何度…私を甘やかせば、気が…っ、す、む…」
私は切れ切れに言葉を投げかけた。こんなことが続いたら、私はきっと、今まで耐えてきた孤独に耐えられなくなってしまう。自分が楽な方向へ、どんどん陥ちていってしまう。たとえ純度が低かろうが輝きが足りなかろうが、一人で輝くことができることだけは間違いないと、それを矜持として生きてきたのに、こいつはそれさえ塗り潰そうと言うのだろうか。
「さぁな。お前がかわいいのが悪いんじゃね?」
バーンは真剣さの欠片もない声でそう言った。私はイラッとして思わずその顔に爪を伸ばす。しかし、その手は途中でバーンに掴まれ阻まれてしまう。
「ハッ、二度も同じ手食うかよ」
「クソが…ッ」
私は心からの苛立ちを込めて漏らした。かわいい、なんてこいつに一番言われたくない言葉だった。
バーンは掴んだ私の両手首を引いて、私の指を二、三本ずつ噛んだ。甘噛みではあったけど、味わうようなそれはそのまま私を食べていきそうなかじり方でもあった。
「あぁ…」
私は溜息を漏らしたつもりが、やっぱり少し矯声の引っ掛かった音になっていた。バーンは舐めては噛み、かじってはしゃぶって、随分長いこと私の指を食べている。私はぼんやりそれを眺めていた。もし私が本当にダイヤモンドなら、君のその歯、今頃折れてるぞ。
私の目に気付いたバーンは、不意に笑って指から口を離した。掴んだままの私の手首を私の顔の脇に押し付けて、そのまま再び揺さぶりを強くしてくる。その波に身を任せ、私は目を閉じて考えるのを止めた。色々言ったって、どうせ私達の間に快楽以外介在していない。意味を見出だそうとすることにも抵抗することにも価値はないのだ。
「愛してるぜ、ガゼル」
そう思った時、耳が信じられない音を聞いて私は閉じていた目を思わず見開いた。バーンは笑っていた。そして私の耳許に唇を寄せて、
「どうだよ、最高にひどいだろ」
と言った。
私はぶるりと身を震わせた。そして次の瞬間には熱が弾けてしまうのを止められなかった。何度目かにも関わらず、相変わらず長い絶頂が私を襲う。バーンはそんな私の体を抱きしめ、唇を合わせながら、自分も私の中に射精した。
あぁ、真実でも嘘でもひどい愛だ、確かに。なのにこいつはそれを遠慮の一つもなく私にぶつけてきた。
(……)
それはきっと、こいつが私にダイヤモンドの硬度を見込んでくれているから。私がその愛で折れてしまうような奴じゃないと、信用してくれているからなのだ。
(…ふふ)
私は快楽に痙攣しながら、どこか冷静に笑った。
私がダイヤモンドなら、君はそれを炙って輝かせる火といったところか。ダイヤモンドは炭素の同素体、火には強くない。粗悪品ならそこで燃え尽きてしまうだろうけれど。
私は叩きつけられた熱い奔流を体の中に感じたまま、笑ってバーンを挑発した。バーンは一瞬目を丸くしたが、すぐにまた笑って、無言のまま私の喉に食らいついた。
なら、応えてみせようじゃないか、その愛に。
覚悟しているといい。君が愛そうとしているのがどれだけ純正のダイヤモンドなのか、教えてあげるよ。
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