Devotion
※Stand by Me, Darlingを踏襲しています
月も出てない、ほとんど見えない夜の闇の中で、携帯電話のディスプレイの弱い灯りだけが照らした顔。
「本の続き読ましてよ」
あまりにも無意味なその言葉と一緒に、狩屋がまた俺の部屋に来た。
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FFI・V2が開催されることになった。
つい最近まで時空を越えていたからいまいち実感がないが、ホーリーロードを戦ったのだってそう昔のことじゃない。そのホーリーロードに出場した学校、しなかった学校、名のあるサッカー部というサッカー部が全て召集されて、新しいイナズマジャパンを選定する式に参加した。
どういう基準で選定されるのか、事前に通知も選抜試合もなかったが、それはあの円堂さんの時代のイナズマジャパンだってそうだったと聞いた。実力と、少しの運があれば選ばれるし、そうでなければそれが足りなかったのだと納得するしかない。神童が選ばれないことはなくても、俺が選ばれないことはまぁあるだろうと思っていた。選考する側はホーリーロードの俺しか見ていないから、時空最強イレブンの一員に入っているということは何にもならない。そもそも世界大会は化身とミキシマックスが禁止されているそうだから、俺があの旅で得たジャンヌの力もブリュンヒルデの力も使えない。もっとも、それだけじゃなくて地力だって上げている自負はあるんだけど。
けれど、実際にあの場で、名前を呼ばれた神童・天馬・剣城の3人がいるのに、自分の名前は呼ばれないという事実を受け止めるのは、言葉ほど容易くはなかった。しかもそれ以外のメンバーは誰も知らない。まず間違いないだろうと思っていた太陽さえ入らなかったとは。
(予想しなかったわけじゃないんだから…とにかく神童は選ばれたんだ)
俺は小さく息を吐いて、新生イナズマジャパンの親善試合を見届けるべくスタンドへ移動したのだった。
誰かが、予想したと言うのだろうか。
その続きを。
それを受け止めることができなかった信助を、一体誰が責められると言うのだろう。
*****
家に帰るまでの間のことを、こんなにも覚えていなかったことも少ない。途中まで一緒に返ってきていたはずの仲間と、いつ別れたのかすら覚えていない。気づいたら、俺は部屋に鞄を下ろしていたのだった。
フィールドの中で、あんなに怒っていた神童の背中を見た記憶はなかったと思う。元々感情の起伏がないわけじゃない奴だけど、今までだったら最後の芯は残して、何かの道を必ず自力で見出していた。自分を見失うようなマネはしなかった。あれだけ遠くから見ていたのに、肌に感じるくらい、その怒りは尖っていた。
その気持ちは理解できた。その時の俺は神童と同じ気持ちではなかっただろうけど、仮に俺がフィールドの中にいたら同じだっただろう。
サッカーができない、と言うのなら、まだいい。
彼らは、サッカーをするつもりがなかった。
サッカーをやりたい全ての生徒の目の前で、フィールドに自分の分野を塗りつけて遊んでいた。
どういう意図での選出なのか、彼らがどういうつもりだったのか、全く分からない。あの罵声にだって、表情を変えていたのはうちの学校の3人だけ。あとはまるで自分とは関係ないかのような無反応だったのだ。
こんなに整理がつかないまま帰宅したのは、管理サッカーを強いられることになった日以来かもしれない。あの時から1年以上経って、その間に色々経験した気でいたのに、その実全く成長していない自分をこうもまざまざと突きつけられるとは思わなかった。
(悪い、夢のようだ)
昨日までと、朝出てきた時と何ら変わらない部屋の中の様子が目に映ると、そう思わざるを得ない。
そんなことは、一番神童が思っているだろう。何せ彼はこれからあのメンバーを率いて世界に出なければならないのだ。選外のショックを一回被ればそれで済む俺たちとは抱えるものが違う。
けれど、こんな気楽さよりは、ずっと悪夢の方が欲しかった。
せめて同じ悪夢を見ていられたら、どんなにか良かったのに。
似たような気分を提げて、それでも食事をし入浴して明日の準備をすることは体が覚えているものだ。自分でそうしようと思ったわけでもないのに、気づいたら俺は一日を収束させていた。何もすることがなくなった部屋の中、今度はパジャマで、昨日までと同じ光景を目が拾う。
「…あ」
いや、違うことがあった。
不在着信を知らせて携帯が光っている。
今日の出来事を考えたら、誰がかけてきてたっておかしくはない。俺は誰なのか全く予想できないままその表示を見た。
『狩屋マサキ』
予想、できていなかったとは言え、全く予想外でもないはずのその名前を見て、
「………」
どうしてか心臓が破れそうになった。
*****
折り返しの発信を押したら、4回目でコール音が途切れた。
「狩屋!」
思わず相手の声を待たずに言うと、
『うわっ、びっくりした。出て突然大声出さないでよ』
と、受話器越しには初めて聞く、けどいつもと憎たらしさはそう変わらない声が、耳に飛び込んでくる。
(そうか、初めて…)
入部当初のあれこれが嘘のように、狩屋とは関係を改善した。ちょっと前には狩屋と神童のコンサートに一緒に行って、その前日に部屋にも泊めたのに、電話をしたことはなかったのだった。
『夜分遅くに失礼しますとかさ、色々考えてたんですけど?』
不遜な声が、不服を並べ続ける。その声があまりにもいつも通りで、装うところが全然ないので、俺は逆に動揺した。なんでそんな声が出るんだ。狩屋だって、今日のあれ、何も思わないはずがないのに。
『大体さぁ、センパイ声通るんだからそんな声出しちゃ近所』
「何の用なんだ!」
俺は耐えられなくなって狩屋を遮った。自分でも驚くくらいひどい声だ。何の権利があって俺は誰かにこんな態度を取れると言うんだろう――なのに何故か、謝罪が出てこなかった。
電話の向こうの狩屋が、さっきまで立て板に水のように喋っていたとは思えないほど、完全に沈黙する。俺の剣幕に圧されたのか、目を丸くしてる顔が目に見えるように思い浮かぶ。
と、思ったら、
『……』
息の音がしたというわけでもないのに、何故だろう。
狩屋が何か緩めたのが分かった。
「……」
俺が、目を丸くする番だった。
『……よかったよ。どうやらビンゴみたいですね、センパイ』
それから続いて、長い沈黙を破って狩屋が言ったのはそんなことだった。
「お前、何言って」
『霧野センパイ』
意味が分からなくて、思わず聞き返そうとした俺を今度は狩屋が遮って、
『外見て、窓の外』
「――――――」
俺が、その言葉の意味を理解するのにかかった時間はどれくらいだったのだろう。
それが繋がってすぐ、ほとんど反射の速度で、いつ閉めたのか分からないカーテンを引いてガラスを開けたら、
「……かりや…」
予想通り、暗闇の中俺の部屋を見上げる生意気な後輩のシルエットが、ゆっくり携帯を耳から離した。
「センパイ、」
月も出てない、ほとんど見えない夜の闇の中で、携帯電話のディスプレイの弱い灯りだけが照らした顔。
「本の続き読ましてよ」
あまりにも無意味なその言葉に、俺は返事ができなかった。
*****
俺の部屋に上がってくると、狩屋もパジャマじゃないにしてもラフな私服だった。あのまま帰らずにうろうろしてたのではなく、わざわざ一度帰ってからもう一度ここまで来たということだ。あの時は最寄駅から自転車に乗せたけど、歩いたと言うのならかなりの距離になるのに。
「明日も学校じゃないか…どうするんだ、こんな時間に」
俺が口走ると、狩屋は苦笑して肩をすくめた。
「…そんな考えてもないこと言うんだ」
この棘だらけの気分でそんな態度を取られれば、思わず眉が寄る。けど俺が何か言う前に、狩屋は手を下ろして素早く言った。
「外泊許可とってきた。悪いけど明日こっから登校します」
こうして目の前にしても、狩屋は普段と変わったところがまるでない。
いや、俺の家まで来てる時点で普段通りってことはもちろんないんだが、そうじゃなくて、その態度にあまりにも波がない。生意気なところ、憎たらしいところまで全部一緒だ。
何なんだ。
どうしてそんなマネができる。
「…何をしにきた」
「言ったじゃん、本読みに」
「そんなことを聞きたいんじゃない!!」
俺はまた怒鳴りつけていた。狩屋が再び黙り込む。今度は電話越しではない、顔まで全部見える。案の定、目を丸くした無表情。
「言葉遊びはもうたくさんだ!!分かってるだろう、今の俺に何かできると思うのか!!」
「……」
「悪いけどお前の相手までできないんだよ!!…今から帰れとは言わないがそれなら何も言わないでくれ!!」
あぁ、対照的に俺の情けないこと。同級ならともかく後輩相手に、醜態にもほどがある。こんな八つ当たりみたいな態度、同じように選外のショックを受けてる仲間に見せちゃいけないのに、家族にも分かってはもらえないのに、選ばれた神童には尚更言えないのに。
誰にも見せずにいなければいけなかったのに。
それをどうしてお前はできるんだ。
「……はい」
弱々しい狩屋の、聞いたことない短い返事に、俺は思わず顔を上げた。
「…狩…」
さっきまで憎たらしくて仕方がなかった青い髪の後輩は、見たこともない顔で微笑んでいた。
「……神童の…」
家に遊びに行った時に、壁の装飾で見た、聖母像が頭を過ぎった。
「…あんなに…怒ったの…見たことなかったんだ……ずっと一緒にいたはずなのに…やっと追いついたと思ってたんだ…」
口が勝手にものを言い始めた。だめだ、狩屋にこんなことを言っては。同じ傷を抱えているはずの狩屋に、こんな汚い思いをぶつけたら、狩屋の方が壊れてしまう。
それなのにどうしてだろう、止まらない。
「サッカー…やるつもりもない奴らに…どうして…」
「……」
「また一緒に苦しむこともできないなんて…俺は…」
「……」
「……ジャンヌに…」
バカな、言うな、それだけは。他ならぬ狩屋に、俺と引き換えに残った狩屋に向かって。
「……」
なのに、狩屋は顔色一つ変えなかった。
ポケットに手を入れたまま、微笑んだまま、何も言わないまま、そこに立ち続けていた。
「こんなんじゃジャンヌに顔向けできない…!!」
俺は、そう叫んで、床に拳を打ちつけていた。
言ってしまった。これだけは誰にも、ましてや狩屋には絶対に言わないと、決めていたことのはずだったのに。俺はしばらく立ち上がることができなかった。拳を解くことも、床から手を離すことさえ。
「……言ってくれて、ありがとう、センパイ」
そんな俺の頭の上から降ってきた声。
俺は顔を上げようとして、ふわり、狩屋の体に遮られた。
「狩…」
「来た甲斐が……あったよ」
重ねられた声に、俺は何も言えなくなった。
俺の頭の上に乗った手が震えていた。
当たり前だ、狩屋は聖人でもなければ大人でもない、ましてや聖母なんかじゃない。
そんな真似事が、徹頭徹尾完璧になんて、できるわけない。
なのに、こいつは、俺のためにそうしようとしたんだ。
俺の蟠りに気づき、俺のそれを吐き出させるために、自分も同じようなものを抱えているのに、それを完膚なきまでに隠して何とか演じようとした。
狩屋は時々ぞっとするくらい大人な一面を見せる。そんな大それたマネを、その成熟でもって概ね成功させたのだ。
*****
ありがとうは、こっちの台詞だ。ここまでお前にさせられるとは、お前がしてくれるとは、思ってなかった。
けど、狩屋、今は何も言わなくてもいいか?
こんなに大きなものへのお礼が、言葉で足りるとは思えない。
いつか別の時、お前がどうしようもなくなった時に。
俺もお前のために飛び込んでいくよ。
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ギャラクシーには出てこないのかな…_(:3」∠)_