当てもなく樹海を逃げ惑うことはそういうことを意味するものだけれど、私たちは恐らく遭難していた。
誰にも誘導されることもなく、研究所の爆発から命からがら逃げてきて、最初はプロミネンスとダイヤモンドダストのメンバーが全員いたのに、一人ずつ、あるいは少しずつの集団ではぐれて、今残っているのは4人だけ――私と、リオーネ、ヒートとガゼル様。どうしてこの取り合わせになったのかしら、全員に通じる共通点がまるでない。
そして普通なら、ダイヤモンドダストのキャプテンたるガゼル様がいるんだから安心できる、ってなるはずなのに、
『下がれッ!ウォーターベール…っぐ、ああッ!』
『ガゼル様ッ!』
ついさっき、爆発の余波で飛んできた落石――それも火をまとったそれ――を防ごうとして、ガゼル様は多少勢いが死んだかもしれないそれを私たち3人の代わりに全身で食らって大怪我をしたの。辛うじて意識は残っているけど自力で動ける状態じゃない。私とヒートはまだ自分のキャプテンじゃないからともかく、
「いやあぁあああッ!」
「落ち着いてよリオーネ!」
「離して、離してよレアン!ガゼル様が!」
リオーネが半狂乱になってしまって、私たちが何を言ってもどうにも落ち着けられない。
「さわ、ぐな、リオーネ…わたしは大丈夫だ」
「ガゼル様…ガゼル様!」
ヒートに抱き起こされたガゼル様本人が、呟くように言った。でも、とてもじゃないけど言葉通りの大丈夫には見えないし聞こえない。腕は折れてるだろうし、全身細かい火傷だらけだし、何よりあの大岩を体で受け止めた衝撃があるもの。ウォーターベールはオフェンス技で、衝撃を防ぐ能力はそんなに高くないはずだわ。
「…すまないね、3人とも…。私を、置いていくがいい。足手まといになる」
恐らく、今ある選択肢の中で一番合理的な判断をガゼル様は下した。最大多数が助かる道を必ず選ぶとするなら、それしかないだろうって分かる頭もあった。でもそれと納得できるかどうかは別の話。
「バカなこと言わないで。あなたが良くてもリオーネが発狂するわ」
誰かが何か言う前に、私は強くそう言い切った。その状態のリオーネを、やっぱり少なからず動揺はするだろう私とヒートの二人で何とかできるとは思えない。
「……どのみち、私は助からないよ」
「いいえ!私たちが何とかしてみせますガゼル様!安全な場所までどうか耐えて下さい!お願い…!」
ガゼル様は私と、泣き叫ぶリオーネを交互に見ていた。ヒートは何も言わない。何を考えてるのかしら。この状況をどうする気なのかしら。
と思ったら、ヒートが鋭く振り返った。その直後に、また遠くから爆音が響く。研究所の爆発が続いている音だ。ここはまだ全然安全が確保できた距離とは言えない。
「行こう、少しでも離れるよ」
ヒートは、抱えてたガゼル様を問答無用で背負って、そのまままた走り出した。そのスピードはさっきまでとほとんど変わらない。リオーネは泣いていたけど、私は色々な感情が絡み合って何も言えなかった。あの脚力も腕力も、私にはないものだ。元は虚弱だったはずで、普段はあんなにへらへらしているヒートにだって、本気を出したらあれだけの力があるのに。
樹海は細かい石とか火の粉が降り続けてて、火の粉は地面に落ちてしばらく燻っては消えて、を繰り返していた。でも、火山の噴火ほどじゃないけど、火のついた石が降り続けていることに変わりはない。走っていてもどことなく暑かったし、なんだかだんだん、火が自然に消えるまでの時間が長くなってるような気がする。
「まずい、山火事になるかもしれない」
「!やっぱり…」
ヒートが呟くのに私は反応せざるを得なかった。ここで火に巻かれたら終わりなのは明白だ。私とヒートは火のチームで頼みのガゼル様はいないも同然。そもそも、全員健在だったとしても、多少能力開発を受けた程度の子供が4人しかいないのに自然の大災害なんかに太刀打ちできるのかしら。
でも、危惧してた通り、下草から炎がチラつき始める。手足の届く範囲は踏み消せるけど、それ以外はどうしようもない、だんだん恐れていた事態が現実になってくる。
ヒートが足を止めた。火の廻るスピードが上がってきて、行く手が塞がれつつあった。
「ウォーターベールっ…!」
リオーネが必死にその火を食い止めて道を見つけようとしていたけど、せいぜい火の進行を防ぐのが精一杯だった。その向こうにはもう別の火が迫っていて、大した活路は見出せそうにない。そうこうしているうちに、彼女のTPの方が尽きてしまうだろう。
息も苦しくなってきた。このままじゃ、全員火に巻かれてしまう。
「ヒート…どうするの」
「……」
つい口走る。ヒートは何も言わず、私を見ることさえしなかった。辺りの状況を睨みつけていた。
目の下の傷が見える。その上の緑色の目の中に、オレンジ色の火が映って揺らめいている。
と思ったら、その目が真っ直ぐ私へ振り返った。
「レアン、ガゼル様を頼むよ」
そう言って、ヒートは背からガゼル様の体を下ろした。反射的に受け止めたガゼル様の体は力が抜け切っていて重い。こんなのを担いでいたの?
「ヒート、どうする気なの!」
私は思わず声を張り上げた。リオーネも振り返る。ヒートは私たちに背を向けて、3、4歩進んでいく。
そして、火を鋭く睨みつけたまま、足元に白い『気』を集め始めた。
「…!」
ヒートはプロミネンスの中にいたけど、使っていた技は火属性じゃないものが多かった。あれは。
「ガイアブレイク…」
私が呟いたのと、彼の足元に岩が集まりだしたのはほぼ同時だった。確かに、その岩を炎の上から降らせて埋めれば、いっぺんに多くの火を消し止めることができるかもしれない。でも、あれは3人技のはずじゃないの。まさかそれを一人でやるつもりなの?
「……」
でもそのまさかだった。ヒートの緑色の目は鋭い光を反射していた。ヒートが――いいえ、誰でも、たとえバーン様やガゼル様でだって、あんな風に輝く覚悟を見たことがなかった。
それは私たちを守るための覚悟だ。
私や、リオーネももちろんだけど――一番はきっと、私たちを守って傷ついたガゼル様を守るための。
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あの後、私たちは救助された。
完全に火事を収めることはできなかったけれど、ある程度の活路を確保することはできた。そして、その岩の鳴動は、図らずも私たちの居場所を救助隊に知らせる合図にもなった。
まさかあの段階で救助隊がもう出動していたなんて思ってなかったから、狙っていたわけじゃないんだけどね、なんてヒートは笑っていて、その笑顔はいつものどこか腑抜けた笑顔で、あの時の彼と同一人物とは思えなかった。
それから程なくして、世界大会が始まった。
私たちプロミネンスとダイヤモンドダストから、イナズマジャパンに選抜されたメンバーはいなかった。ただ、バーン様とガゼル様は韓国にスカウトされて行った。でも二人はマスターランクキャプテンの実力があったんだから当たり前と言えば当たり前の話だった。
それ以外では誰も何もないのかと思ったら、唯一、ヒートだけが、ライバルチームのネオジャパンに選ばれたのだった。しかもキーパーにコンバートしてまで。
何も知らない他のメンバーたちは、茶化しながらだけど、なんであいつなんだ、なんでお前なんだよ、みたいなことを言っていた。ヒート自身、なんでかなぁ、なんて言って、いつも通りへらへら笑ってた。
「……」
でも、あの気迫を目の当たりにさせられたら、そんなこと思いつきもしなかった。
あの横顔、火に照らされて赤い光を反射していた緑色の目に宿った覚悟の凄まじさを見たら、他に誰が適任だったと思えるだろう。
それを知っての選出なんだったら、むしろ、選んだ側だってセンスがあるというものよ。