安らぎの形骸
※『Chronicle of Alius −アリウス綺譚−』の補完のような蛇足
実は結構消耗してたのかもしれない。まぁこいつがこっちに来るのは初めてだし。二度目の後、気付いたら、ガゼルは無防備な寝顔を俺の前に晒していた。
当然、初めて見る。存在同士が排斥し合う仲なのにその眼前で眠りに落ちるってこと自体、今までだったらあり得ないと思ってた。けど意外にも、主が寝てても『氷』の気がしぼむことも暴走することもなくて、無意識のうちにかなり完璧に近いコントロールが行き届いてるようだった。
(ふーん…)
それだったら今までだって寝て帰りゃ良かったなぁ。行きに比べて結構しんどいんだよな帰りは。なんて下らないことを考えながらその寝顔を見る。ほんとに力抜けた顔して、呑気なもんだ。今全力で火を出したらこいつが目を覚まして対処するより先に焼き殺しちゃえるんじゃないか。そんなに信頼されてるとは思ってなかったけど。
「……」
信頼、ってより、知ってるんだろう。俺がそうしないことを。汚い真似でこいつを手に入れても意味がないって思ってるってことを。だから弱って欲しくないとかそういうのも。俺もこいつも、それを言葉に出して言ったことなんか一度もないのに。
手を伸ばしたら起きてしまいそうだったから、その銀の髪には触れられなかった。ヤってる最中にはもう何度も触った髪。手に絡めると髪自体は温度がなく滑るような指通りだけが返ってくる。けどこいつが興奮すると全身から『氷』の気が迸って、その割に髪の間に指を入れたら頭皮は熱くなってた。そのアンバランスが好きで俺はよくこいつの髪を絡め取った。気分の高ぶりを全部熱に任せるような俺には、決してないものだった。
ここまで違って、敵で対立してて、何もかも正反対、俺とこいつは絶対混じり合わない。なのに、よく考えたらなんで俺は、いつも遠征するあんな労力を注ぎ込んでまで、こんなにこいつが欲しくなるんだろう。そんでこいつも、まぁ暇つぶしとかそういうのもあるだろうけど、そんな俺の欲望をなんで黙って受け入れてるんだ?
(……愛してる、んだろうなぁ)
結局、一番近い言葉を探したらそれが近いんだろうと思う。いわゆるそれとは随分違うけど。
『少なくとも貴様に降るためじゃない!』
自分から擦り寄ってきておいて、そんな生意気言ってたさっきのこいつを思い出した。ああいつも通りだなぁって思いはしたけど、ほんのちょっと、10%くらい、何か残念って気もした俺は多分相当参ってる。互角がいい、相容れない、分かってるけど、こんな目の前にいるのに絶対に手に入らないなんてなぁ――いやもちろん手に入れたいと思っちゃいる、けど、完全に手に入れたとしたら思うさまに征服はできるだろうがこういう互角の楽しさは失われる。同時にどっちも、ってことはできないんだ。素でこんなに夢中になれる奴、他にいないのに。
まぁだから今は、滅多にお目にかかれないすよすよ言ってるこいつを堪能しとくのも手だろう。こいつがいつもこんなんだったら嫌だけど、たまにだったら新鮮で悪くない。激烈甘々、胸焼けしそうな砂糖菓子でも、舌に乗せた瞬間は結構いける、それと同じだ。
(にしても、愛してる、なぁ)
思い直して、俺は喉の奥に笑いを引っ掛けた。確かに一番近いには近いけど、同時に一番遠いような気がする言葉だった。もしそんな言葉が音になった時には、俺もこいつも生きてられないだろうなぁと何となく思った。
そう、だから音にしなくていい。存在自体で、命自体でそれを表してりゃ十分だ。
やっぱり見てたら我慢できなくなって、俺は『炎』の気を最小限まで抑えてからガゼルの額に唇をつけてみた。ガゼルは、少し身じろいだけど起きなかった。安心して、自分の唇がらしくない上がり方をしたのが分かった。
次、『氷』の城に行ったら、俺も寝てやろう。ギブアンドテイク、当然だからな。
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一週間ほど遅れて誕生日プレゼントとしてあすとさんに差し上げました。遅刻がデフォルトになってきて自分を殴りたい