アメジスト銀河



「Vってすごいよなぁ」
病室での卓上デュエルの後、しばらく経ってから唐突に遊馬がそんなことを言い出したので、オレは思わず振り返ることになった。
「強いしかっこいいし、大人って感じだもんな」
こいつがどういう経緯でクリスのことを思い浮かべたのかは分からなかったが、アストラル世界へ旅立つ前、そして帰ってきた直後に遊馬はオレと共に居たクリスに再会している。その時のデュエルや立ち居振る舞いだけでも、強さに素直な憧憬を抱く遊馬がそう思うのは自然だろうと思えた。
「当然だな」
それに関しては全面的に同意するので、オレが短くそう答えると、
「たはは…カイトがそんなに良くしか言わないの、ハルト以外だったらVだけだもんな」
と、遊馬は思いのほか苦笑気味だった。おや、と思わされる反応だ。
「嫉妬か?」
こいつに限ってそんな感情があるんだろうかと思いつつ試しに石を投げてみると、
「まっさかぁ。どうやったらオレがVに敵うっつーの」
遊馬は苦笑いの雰囲気を残したままそう答えた。ころころ表情をよく変える割に、あまり見ない表情だった。図星半分、答えた通り半分といったところだろうか。
「カイトをこんなに強くしたのもVなんだろ?」
カードを整え、片付けながら遊馬は続ける。
「…色々な意味でな」
オレは若干苦々しい思いを抱くことになった。今でこそそう話せるものの、クリスにはどのステージでもかなり大きく翻弄された。その時々の、彼のしたことと言うよりは自分の未熟さを思い出すのが、あまりいい気分になれない要因だった。
「いやーカイトを強くしたとか言ってヤバイよな。雲の上って感じだぜ」
遊馬は当然そんなオレの内心になど気付くことなく、すっかりいつもの明るい調子になってそう言っていた。
「ならお前もあの人についてみたらどうだ?相当強くなることができるぞ…ただし、多少の死は覚悟しなければならないだろうがな」
オレは試しにそう言ってみた。まぁ、実際のあの人は遊馬に甘いところがあるから、こいつがオレが遭ったような目にすべて遭うとは思わないが。
「ひょーこっえぇな!さすがVだぜ」
遊馬はまるで深刻に捉えていない声で笑っていた。それもそのはずか。いるかいないか分からないアストラルのために異世界に単身乗り込んで、見事に目的を果たして帰ってきてしまったようなこいつに、そう怖いものなどないだろう。



「…そうか、彼がそんなことを」
その時のやりとりを別日にクリスが来た時に伝えると、彼はオレに対する時より随分と柔らかい笑顔を浮かべていた。やはり、気のせいではなく、遊馬には甘い。
「冗談抜きに、あいつを見てやることはしないのか」
「……」
オレが試しに尋ねると、答えはすぐに返ってこなかった。珍しいこともあるものだ。
「あいつは確かに強いが、まだ甘いところがたくさんある。それをあなたが叩いてやれば、もっと頼もしい戦士に成長するはずだ」
内容はともかく、クリスの鍛錬のもたらす成果が絶大であることはオレが身を以って証明しているはずだ。そう悪い案ではないと思うが。
「…遊馬には必要ない」
しばらく考えるような間があってから、クリスは重々しく口を開いた。かと思ったら、その声調が妙に強いものだったので、オレは少し驚くことになった。
「彼にはあの甘さが必要だ」
クリスは続けながらその切れ長の青い目を開けたが、声の強さには似合わず、その視線は柔らかかった。
「どういうことだ?」
オレはいまひとつクリスの言いたいことの要領を得ることができなかった。遊馬の甘さ、時々しか出てはこないが、それは確かに遊馬にとって望ましくない結果を引き起こしていることが多いのだ。最近ではベクターが化けていた真月零の言うことを信じ込んでしまったことか。あれはかなりベクターに主導権を握らせてしまっていた。
「あの甘さこそが、彼の強さの源なのだ」
しかし、クリスはそんなオレの考えとは逆のことを言い続けた。
「たとえそれが弱みになっても、あの子はそれを言い訳にしない強さを既に持っている。私のやり方では鍛えることのできない強さだ。私の出る幕ではないよ」
「……」
そういうことなら、まだ納得はできるかもしれない。遊馬の甘さは、すべて他人を全面的に信頼しすぎるところ――逆に言えば、信頼できる心――からくるものだ。その根幹が揺るいでしまえば、奴の強さの大元が崩れてしまうかもしれないということだろう。
恐らく、クリスの中には、オレは会ったことのない遊馬の父親、九十九一馬という男のイメージがあるのだろう。親父に陥れられて異世界に落とされかけても、意志の強さを失わなかったという彼。遊馬のことを見ていれば、初めて聞く話ではないようだった。
「何より、」
クリスがさらに続けるので、オレは目を上げた。
「そのお陰で、今、君もここにいるんだからな」
「……」
オレは思わず片手で口元を押さえていた。
それは、そうかもしれない。遊馬が甘くなければ、オレを救うために奔走などしなかっただろう。全力で抵抗する彼を、オレが奪って終わっていただろう。そのことがもたらした未来は、きっと今のようなやわらかい幸福感を実現しはしなかった。
遊馬の力、その根幹があの甘さにあることは、オレが一番よく知っていたはずだったじゃないか。
それがもたらす負の現象を払うことも、遊馬は自分でしようとしている。オレがすべきことは、そこに手を添えてやることだけなのだ。

「だが遊馬相手では敵が多いぞ?もう少ししっかり捕まえておかなくて大丈夫なのか」
しばらく経った後、クリスが言い出したのはそんなことだった。オレは遊馬とのことをこの人に話した覚えはない。だが、そう考えるまでもなく、この人の前には隠し事など無意味だっただろう。
言われなくても、遊馬が誰からも愛される奴なのは知っている。遊馬がオレを選んでいるという状況自体、奇跡のようなものだ。もし、オレがあいつとの関係を壊すような愛情表現をしないことによって遊馬が満足せず、結果遊馬がより望ましい相手を見つけたなら、それはそれで構わないと思っていた。
「そんなの百も承」
「たとえば」
だが、オレの主張は、かなり無作法な形でぶつ切られることになった。
そして続いた言葉は。
「私とかな」
「―――」
変な汗が背を伝った。今、何て言った?
「……冗談だろう?」
「それはどうかな」
声を震わせないのが精一杯だったのに、クリスはと言えば涼しい顔――というよりは余程性格の悪い笑い方をしている。
「彼は私にとっても、私が捨てた大切なものを全部取り戻してくれた恩人だ。それに彼が十分に魅力的なことは、君が一番知っているのではないのかな」
「……」
オレは本当に呆然とするしかなかった。何歳下だと思ってるんだとか、あいつがそんな大層な奴かとか、全部自分に跳ね返ってしかこない。そう言われてしまえば、クリスが本当に遊馬に惹かれていても不思議はないと思えてきてしまい、しかし、全く思いも寄らなかったその状況を想定すると、オレは自分でも自分が分からないくらい動揺しそうだった。
「…もし、」
そして、考えが深く及ぶ前に、口走るようにオレは言っていた。
「本当にあんたが相手だったら、悪いな、手加減できそうにない」
クリスはどう思ったのか、それを聞いてやたら満足そうな笑い声を漏らし、
「ふふ、望むところだ」
と言って髪を翻していた。

クリスを憎みきれないのは、そんなことを言っていながら、この人の言う『取り戻された大切なもの』の中にオレも含まれているからだった。それが分かってしまうからだった。
本当に遊馬に惹かれる心を持っていようがいなかろうが。この人はオレたちの間に入ってきてもオレたちを隔てる川にはならず、両岸を結ぶ橋になってしまうだろう。そういう人だった。
かく言うオレも、それが分かっているから、安心してあいつを愛してやることができるのかもしれない。

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遊Vカイ楽しい!!楽しい!!!